【2月27日 marie claire style】1969年4月25日、アメリカ・テキサス州生まれ。大学卒業後、舞台やCMなどを経て、次々と話題作に出演。2001年、同年代の女性から多くの支持を受けた映画『ブリジット・ジョーンズの日記』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、その後のシリーズ2作品でも主演し、人気を不動のものとする。『シカゴ』(02年)では2度目のアカデミー賞主演女優賞ノミネート、『コールド マウンテン』(03年)ではアカデミー賞助演女優賞を受賞。そして今年、『ジュディ 虹の彼方に』でゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)、アカデミー賞主演女優賞に見事輝き、その演技力の高さがさらに評価された。いよいよ日本公開が3月6日に迫り、今、最も目が離せない女優、レネー・ゼルウィガーの素顔に迫る。

『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズで、独身女性の本音を日記に綴る主人公を演じ、世界中の人の心を射止めたレネー・ゼルウィガー。確固たる演技力でアカデミー賞やゴールデングローブ賞など多くの賞を受賞している実力派でもある。2010年頃より第一線から身を引いていたが、2016年、『ブリジット・ジョーンズの日記ダメな私の最後のモテ期』で沈黙をやぶった。その彼女が、入魂の演技を披露してくれる最新作が『ジュディ虹の彼方に』だ。彼女のカムバックをルネサンスにひっかけ、"レネーサンス"なんて表現をする人もいるほど、ファンの期待は高かった。「でも私はどこかへ行ったわけではなかったから」と本人。

『ザ・エージェント』(1996年)でトム・クルーズの相手役に抜擢されて以来、常にスポットライトを浴びながら人生を歩んできたレネー。直接的な理由が何であれ、スポットライトからしばらく姿を消したいと思うのは人間として自然なことだろう。彼女が新作で演じるのは、ジュディ・ガーランド。『オズの魔法使』(1939年)で子役としてアメリカの国民的なスターとなったジュディの、死の半年前に行なわれたロンドン公演の日々を描いたのが本作だ。「私のジュディ・ガーランドの記憶は『オズの魔法使』を見た時が最初よ。この映画は、アメリカでは毎年復活祭の時にテレビで放送された。アメリカ中の家族がテレビの前に座り一緒に見た映画だったの。それが私の子供の頃の習わしだったわ」

『シカゴ』(2002年)では演技ばかりでなく歌唱力の高さも披露した彼女。今回はその歌唱力でミュージカル・スターとして圧倒的な人気を誇ったジュディ役に挑戦。熱く歌うステージ・シーンは感動的だ。ジュディ・ガーランドの歌の最たる特徴はどこにあるのだろう。それをどう再現したいと思ったのか。

「彼女の歌い方のスタイルに可能な限り馴染もうとした。同時に歌い方を芸術的な点からとらえた。彼女がいかに歌詞の一行一行を歌い込んでいるか分析したの。呼吸の仕方とか、母音の代わりに子音を強調したりとか……。音符を切らずに最後まで歌い切り、次の音符につなげる点とか。それは彼女にとっては自然な歌い方で、時代によっていろんな歌い方に変化し、そのさまざまな要素が後期には溶け合ったスタイルになったのよ。それが私なりの理解なのだけれど」

 見る者を魅了するスクリーンでの存在感で、レネーは2020年ゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞、アカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされた。彼女自身ジュディを演じていて、自分で満足できる瞬間はあったのだろうか。

「この作品の一部になれたことだけで十分に幸せなの。ジュディを賛美する毎日だった。撮影現場では関係者全員、誰もが最善を尽くして、ジュディを最高の形で描こうと努力した。それが私たち全員にとって重要なことだったの。その献身はまさに彼女への愛の表現だったと思うから。とてもクールな体験だった。そしていったん映画が完成すると、いろんな人からあのシーンは感動したと言ってもらえ、私の感激もひとしおだった。制作中は、完成したら多くの人が見てくれるんだということを忘れがち。そこにはとても大きな意味があるのだけれどね」

 2歳半でステージ・デビュー、13歳でMGMと契約し、17歳で『オズの魔法使』が大ヒットしたジュディ・ガーランドは、一生をスポットライトの中で生きた。そんな彼女の心境をレネー自身も体験しているからこそ、今回の演技が引き出せたのだろう。ハリウッドのスター・システムによって大成功を収め、またそれによって破滅した。享年47歳、あまりに若すぎる死。悲劇的なジュディの人生、彼女を救う方法はあっただろうか? それについてレネーの胸をよぎったことは?

「それについて何度もくり返し考えたわ。彼女の歩み、子供の頃から彼女の歩んだ人生について。そこには当時の女性に対する考え方や、いろんな要素が影響したと思うの。若い頃は周囲の人が彼女の人生の決定権を持っていたわけだし。そんな人生を歩んだ彼女が変われたかどうか、判断するのは不可能だわ。もし彼女が現代に子役をやっていたら、状況は違っていたと思う。また人生の苦難が、ある意味彼女のアートの源でもあったことも否定できない。そのせいで彼女の作品が、私たちの心に長い間余韻を残すような重みを持つことになったと思うから」

 自分の人生を彼女の人生に反映させてみて、感じたことは?

「私がある時期演技をやめたのは、その辺に理由があったと思うのよ。私の人生も、ジュディと似たような状況に影響されていた。でも当時はそれが見えなかったの。家族や友だちには見えていた。今振り返れば私の目にもそれが見えるの。距離を置くこととで、見えてくる。カオスは、中にいれば見えないけれど、外側からは見えるから。嵐にしても、何マイルか距離を置いたところから見れば違って見えるのよね」

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(c)marie claire style/cover photo: (c)Amanda Demme/Art Partner Licensing/amanaimages/text: Yuko Takano/photo: (c) Jason Bell