【8月29日 marie claire style】1982年にデビューし、還暦を過ぎた今なお、世界の音楽シーンのトップを走り続けるマドンナ。今年6月、4年ぶりに、世界中が待ちわびた14枚目のスタジオ・アルバム『マダムX』を発売。全米アルバム・チャート1位、自身9枚目の全米1位という快挙を成し遂げ、その実力と人気の健在ぶりを改めて世界に見せつけた。2年前から暮らすポルトガルのリスボンに影響されたというこのアルバムは、人種差別や銃規制といった社会への問題提起も盛り込まれ、世界中の若手アーティストとコラボレーションした話題作。自らの生き方や思想を、音楽を通して世界へと発信し続けるマドンナの素顔に迫る。

故郷のミシガンを後にして、ニューヨークを目指したのが約40年前。マドンナはダンサー志望の無名少女から、世界の最高峰に君臨するロック・アーティストへと開花した。14枚目のスタジオ・アルバムである『マダムX』のタイトルは、ニューヨークに出てきて間もない19歳の彼女に、恩師がつけたニックネームに由来する。「マーサ・グラハム・スクールに通っていた時にいただいた名前なの。当時の私はアイデンティティを模索していた。反抗的、反権威的で、毎日全然違う服装をしていた。ヘアスタイルを常に変え、禁止だった化粧をして、レオタードにわざと穴をあけ、規則に従わなければ退学と警告されたの。先生は言った。"あなたは毎日全く別人、まるで諜報部員のようね。だから新しい名前をあげるわ、マダムXよ"と」

 アルバムの楽曲は、諜報部員であるマダムXが様々な職業の女性に姿を変え、世界を旅しながら社会に警鐘を鳴らす視点で書かれている。「彼女は思いやりある女性で、現代の社会を見て様々な疑問を投げかける。その疑問は、文明の崩壊や名声への執着、銃規制の必要性、権力の定義などについて向けられているの」と曲のテーマを説明する。

 養子のデヴィッドくんがプロ・サッカー選手を目指す養成学校に通うため、2年前から家族でポルトガルに移住した。リスボンで自宅を開放して行われるミュージシャンやアーティストの集い、リビング・ルーム・セッションを体験し触発された。「もしポルトガルの音楽シーンと出会わなかったら、このアルバムは生まれていなかったわ。ポルトガルこそ『マダムX』誕生の地よ」

 コロンビア人のシンガーのマルーマや、アメリカの新鋭ラッパーのクエイヴォ、アフリカの女性グループなどとコラボレーションし、ヴォーカルは英語に加えポルトガル語やスペイン語が飛び交う。世界各地から生まれた新鮮かつ多彩なサウンドがアルバムに溢れている。「最近の私は、子供たちが聞いている音楽に影響を受けている。でも私の音楽は、古い音楽からも同様に影響を受けているわ。新作ではポルトガルの古い伝統的なフォーク・ミュージックに刺激を受けたから。私の音楽は過去、現在、未来からインスピレーションを得ているの」

 20代の若手アーティストと積極的にコラボレーションする一方で、伝統的な音楽にも価値を見出す。常に新しいものと出会い、変化し続ける、それが彼女の原動力だ。「私は変化し続けてきた。自分自身の新しい表現方法を模索し、発見するという行為を続けてきたの」

『マダムX』は彼女にとって、デヴィッド・ボウイが様々なキャラクターに自身を投影し、変容したのと同様の意味をもつのだろうか。「彼を称賛し尊敬している。常に外見を変え、アラジン・セインやシン・ホワイト・デュークなどに変身した。けれどそこには常に彼の本質が変わることなく存在した。ボウイの核にあったのは、ソウルフルでインテリジェントな人間だわ」とボウイへの愛を語る。

 アルバムのオープニング曲「メデジン」では17歳の自分を振り返る歌詞が登場する。原点に戻り、始発点に立つ自分を見つめるアルバムが『マダムX』なのだろうか。もし音楽に出会わなかったら、彼女はどんな人生を歩んでいたのだろう?

「収入がベターで部屋代が払えたら、ダンスを続けていたかった。ダンス・カンパニーの一員だった当時は、収入がとても少なく、常に空腹だった。そんな時、ダンススクールでミュージシャンのクラスメートが、一緒に音楽をやろうと言ってくれた。音楽の素人だった私が、シンガーとして音楽をやっていけるのではないかと考え始めたのは、その時が初めて。でもすべてのきっかけは、ダンスだったのよ」

・マドンナ『マダムX』発売中
CD通常盤 2,500円、2CDデラックス盤 3,500円(ユニバーサル)

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(c)marie claire style/text: Yuko Takano/photo: Steven Klein