【2月26日 marie claire style】韓国の巨匠イ・チャンドン監督が村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を映画化したのは正直意外だった。記事全文へ

【2月26日 marie claire style】韓国の巨匠イ・チャンドン監督が村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を映画化したのは正直意外だった。イ・チャンドンはこれまで韓国の歴史の暗部や社会の底辺で生きる生々しい人間像を描いた重厚な作品を発表してきたが、村上春樹が描く独自性の強いファンタジックな世界観とはどうも結びつかなかった。しかし、完成した作品を観てその親和性の強さに驚いてしまった。アジアの現役映画監督の中でも最高峰と言って過言ではないイ・チャンドンが、ミステリーという新境地に挑んだ『バーニング 劇場版』は謎めいた官能的な映画だった。

 小説家志望のイ・ジョンスは幼馴染みのシン・ヘミと偶然に再会する。2人は肉体関係を持つくらいに距離を縮める。ジョンスはヘミがアフリカ旅行に出かけている間に、自宅にいる猫の世話を頼まれる。半月後、アフリカから帰国するヘミを空港に迎えに行くと彼女はアフリカで知り合った見知らぬ男、ベンを連れていた。外遊し、高級外車を乗り回すという優雅な生活をおくる彼は、「遊びと仕事の区別がない」と言うような男だ。そんな謎めいたベンに惹かれているヘミをジョンスは目の当たりにする。ある日、ヘミと共にベンはジョンスが暮らす田舎の家にやってくる。美しい夕暮れの中でワインを飲み、大麻を吸う3人は、頽廃的な空気の中で心を解放する。ベンは、「ビニールハウスを焼く」奇妙な自分の趣味をジョンスに打ち明ける。「役立たずで汚くて目障りなビニールハウス。僕に焼かれるのを待っている気がする」と。その日を境に、ヘミが姿を消す。ジョンスはヘミを懸命に探すが見つからない。ベンの元を訪れヘミの行方を尋ねるが、知らないと返される。ビニールハウスを燃やしたかと聞くと「ビニールハウスはもちろん焼きましたよ。きれいに焼きました」と答えるベン。行方不明のヘミはいったいどこに行ったのか。そんなサスペンスタッチのスリラーだ。

 もとになった村上春樹の短編小説はメタファーで埋め尽くされ謎めいている。もちろん村上春樹は正解など明かさない。読み手の想像力でその深層にある世界は広がっていく。その精神は映画でも貫かれている。しかし、大筋は同じであるが、イ・チャンドンの独自の解釈で小説には書かれていない結末が描かれている。イ・チャンドンのイメージが加えられ映画は大胆に飛躍した。短編小説の醍醐味はそこに描かれていない部分を読者が補塡したり想像したりしてその物語を膨らませるところにある。この映画化もその膨らませた部分がスリリングで素晴らしい。

 巧妙に伏線を張った脚本、わずかな光を捉えた美しい映像、何一つ真実が明らかにならないまま驚愕のラストシーンを迎える完璧な演出。映画を観終わった後に、誰かとこれはきっとこういうことだったのではないかと自分なりの解釈を語りたくなるような、映画の醍醐味を味わうことのできる作品である。村上春樹とイ・チャンドンという同時代を生きる2人の巨匠の幸運な邂逅。2つの才能が融合し、非の打ち所のない巧みな傑作を作り出した。

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

■関連情報
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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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