【3月23日 marie claire style】今年銀幕デビュー60周年を迎えたアラン・ドロン(Alain Delon)。「スカパー!」のスターチャンネルでは1月から「アラン・ドロンがいっぱい」と銘打ち、毎週日曜日の夜9時からアラン・ドロンが出演した映画53本を放映している。1960年代から80年代にかけて美男の代名詞だった彼は、今でも世界、特に日本では根強い人気を誇っている。

 アラン・ドロンを初めて見たのは当時の日比谷映画。中学生だった私は、アラン・ドロンとジェーン・フォンダ(Jane Fonda)が共演した映画、ルネ・クレマン(Rene Clement)監督の『危険がいっぱい』の日本公開を祝し、アラン・ドロン本人が舞台挨拶をするというので、友人と見に行った。大きな拍手と女性たちの歓声の中、舞台上に現れたのは、まさに実物のアラン・ドロン。映画『太陽がいっぱい』や『生きる歓び』で観ていたそのままの美しい顔としなやかな動きで登場した。

 今でもはっきり覚えているのは、彼がベージュのスーツにピンクのシャツ、黒のニットタイを締めていたこと。その時以来、ベージュのスーツにピンクのシャツ、黒のニットタイは私に欠かせないワードローブのひとつとして常にクローゼットに置かれるようになった。もちろん現在も。

 フランスのスター俳優として今まで何回も来日を果たし、一昔前まで映画スターといえばアラン・ドロンという時代があった。団塊の世代に、社会に出てからのスーツとして記録的な数を販売したという「ダーバン」の成功も、アラン・ドロンのコマーシャル抜きには語れない。ドロンのタバコの吸い方やライターの火の点け方、ファッションを真似する男性が増えたのもこの60年代から80年代にかけてだ。

 女性だけでなく男性までも惹きつけるアラン・ドロンの魅力とは何だろうか。彼の魅力と才能が開花したのはデビューして数年たってからの映画、ルネ・クレマン監督『太陽がいっぱい』(1960年)のトム・リプレー役だったと思う。アメリカの富豪から息子を連れ戻すことを頼まれ、それがかなわずその息子を殺して息子に成りすまし、彼の生活を自分のものとするが、最後は・・・というストーリー。食事時のナイフの使い方から育ちの悪さを富豪の息子に指摘されるシーンは、まさにドロンの魅力が最高に発揮されたシーンだと思う。ただの美男子ではなく、その瞳の奥には生まれながらの孤独と邪悪の匂いを感じるのは私だけではないだろう。そしてそれは彼の生い立ちや、若い時の人生経験によるものだといわれている。

 その後ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)監督に愛され、『若者のすべて』『山猫』と立て続けに出演し、ヨーロッパ映画界での地位を確立していった。ハリウッドにも進出し、自身の映画制作会社まで設立、また自分のボディガードの殺人事件はフランス政界まで巻き込んだ大スキャンダルにまで発展したが、それをも乗り越え、その後も映画やTV製作、舞台への出演を続け、現在は多くの犬と一緒にパリ郊外に住んでいるという。

 数年前、イタリアのラグジュアリー・ブランド「サルヴァトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)」がパリのルーヴル美術館の修復費用を援助したということで、美術館でパーティーを開いたことがある。

 その時ゲストとして招かれていたアラン・ドロンを間近に見ることができた。髪は銀髪になり、すこし体形も幅広くなってはいたが、醸し出す雰囲気は、そしてブルーの瞳は、映画の中のアラン・ドロンだった。

田居克人(Katsuto Tai)/marie claire style monsieur編集長

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(c)marie claire style/text:Katsuto Tai、photo: Gamma-Rapho via Getty Images