【7月30日 marie claire style】白いドレスに、白いシューズ、ほぼ白くみえる頭髪の東洋的な美しい女性。その肩に軽く手をのせて、視力を失った世界的に名声の高い作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)が、まるで能の道行きのようにゆるゆると歩いている。彼らの姿をみた者は、そのドラマティックな場面が、脳裏から離れないかもしれない。自宅では、彼の愛猫オンディーヌも白猫だったという。

「白猫でないと、踏んづけてしまう、ってボルヘスはいっていたの」とマリア・コダマ(Maria Kodama)は語る。

 全然みえないというのではなく、白色ならうっすらと輪郭がみえていたようだ。

 20世紀文学の頂点を極めたといわれるボルヘスの世界を、私生活だけでなく、仕事の面でも口述筆記を手伝っていたマリア・コダマはボルヘスのパートナーで、相続人として、夫の没後29年目の現在も国際ボルヘス財団の理事長として、ボルヘス文学についての講演会や、世界中のボルヘス会との交流のため、世界各都市を巡っている。

 今回の来日中も、東京大学の本郷キャンパスで、現代文芸論研究室主催で「ボルヘスの記憶」について講演をしたマリア・コダマは、ホメロスの世界や、アウグスティヌスの言葉を引用して、聴衆を魅了していた。

「ボルヘスとはよく旅に出ました。1979年に国際交流基金の招待で来日した時は、奈良、京都、長野を訪れました。日本にくるたびに、その時のことばかり思い出してしまいます。彼は奈良の静けさが好きだといっていました」

 マリア・コダマは日系のアルゼンチン人だ。父親は日本人の建築家で、母親はドイツ系だった。日本語は話せなかったが、父親には日本の美意識や相手を敬う礼儀正しさ、常に本質を見抜くようにと教わったという。

「今ブエノスアイレスでは、ボルヘスが短い詩の『俳句』にとても興味を持っていたので、財団が中心になって、高校生たちに『俳句』を広め、毎年『俳句』のボルヘス賞を選出しています。奈良で死にたい、といっていたくらい日本が好きだったボルヘスなので、きっと喜んでくれていると思います」

 ボルヘスの祭壇を守り続けるマリア・コダマは、ある意味で、その精神性を貫く巫女のようにもみえる。

 世界中を飛び回る彼女に、どうしてインターネットを使わないのか、と最後にきいてみた。

「コミュニケーションというのは、本来、眼と眼でするものでしょう?」

 どこまでも「ボルヘシアン」な模範回答が戻ってきた。(インタビュー・文 村上香住子)

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(c)marie claire style/photo:Tora Inoue