【12月7日 marie claire style】仕事より大切なのは、家族。どっぷりと「本物の結婚」がしたいの。1954年9月25日、オードリー・ヘプバーンとメル・ファーラーは、スイスのルツェルン湖を見渡す美しい町、ビュルゲンシュトックの小さなチャペルで挙式を行った。25歳の花嫁は、ピエール・バルマンのウェディングドレスに身を包み、頭に白バラの花冠を飾った清楚な姿で、参列した人々を魅了した。

 幼少時代から両親の不仲の影響で、結婚願望が強かったオードリー。52年に婚約したジェイムズ・ハンソン男爵とは、お互いの多忙が原因で破局してしまう。その苦い経験から、相手を尊重し、"家族"という小さなコミュニティを共に築ける関係こそが、彼女にとっての最高のユートピアとなったのだ。

 53年7月、グレゴリー・ペック主催のカクテルパーティで、アメリカ人俳優のメルとオードリーは出会う。演劇について語るうちに意気投合した二人は、その後ブロードウェイ作品の共演をきっかけに急接近し、結婚へと進んだ。12歳年上のメルは、仕事と私生活の両面で支えてくれる、彼女にとってまさに申し分のない夫だった。幸せ絶頂のオードリーだったが、55年と59年、2度にわたって流産をしてしまう。再度妊娠が発覚した時には、一年間仕事を休んで、万全の出産に備えた。

「子供より大切な存在なんてないわ」。インタビューで語っていたように、優先順位は常に仕事より家庭だった彼女。そして、ついに60年に待望の長男ショーンが誕生し、夫妻が待ち望んでいた穏やかな生活がスタートした。しかし、家庭優先を願う想いとは裏腹に、妻の名声や成功は、夫の自尊心を傷つけ、夫婦間の溝は深まっていった。関係を修復すべく購入したレマン湖畔の瀟洒な田舎家も、家族水入らずの生活が実現することはなく、68年に離婚が成立。「愛とは行動すること。筋肉を鍛えるように愛する訓練をしなければいけないわ」。14年間のメルとの結婚生活は幕を閉じたが、オードリーは生涯を通じて大切な人へのしなやかな"愛"を育てる姿勢を貫いた。

 オードリー・ヘプバーンは、1953年『ローマの休日』で初主演し、アカデミー賞主演女優賞を受賞。俳優で、映画監督のメル・ファーラーとは、舞台『オンディーヌ』で初共演。その後54年に結婚。

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(c)marie claire style/photos: DILTZ/Bridgeman/amanaimages,MPTV/amanaimages/text: Hiroko Suzuki