ナイキ創業者フィル・ナイト会長が退任へ
■有限責任会社「スウッシュ」設立へ
ナイト氏は「ナイキ」との関わりを引き続き維持する意向を示しており、自らのナイキ株の大半を管理する「スウッシュ」という有限責任会社の設立も発表した。同氏が「スウッシュ」に移行する株式、時価総額1億2850万ドル(約160億円)相当は、ナイキの発行済み株式総数の約15%に当たる。
「スウッシュ」のナイト氏以外の取締役には、パーカーCEOを含め3人が就任するが、その3人の議決権が各人1票であるのに対し、ナイト氏には2票が付与されることになっているという。
ナイト氏は12年には野球界におけるPRとマーケティング面での貢献が認められ、野球殿堂(Baseball Hall of Fame)入りも果たしている。
■M・ジョーダン氏との画期的なスポンサー契約
ナイト氏がバスケットボール選手のマイケル・ジョーダン氏と画期的なスポンサー契約を結んだのは1984年。その年、大学チームに所属していたジョーダン氏は、ロサンゼルス五輪代表チームに抜てきされて金メダル獲得に寄与し、NBAドラフトでシカゴ・ブルズ(Chicago Bulls)から3位指名を受けた。
本人の才能もさることながら、ナイキとのスポンサー契約で前例のないマーケティング戦略が展開され、ジョーダン氏は一躍花形選手に。その戦略の一環で誕生したスニーカー「エアジョーダン(Air Jordan)」は、スポーツカルチャーだけでなくストリートファッションの歴史を塗り替える革新をもたらした。「ジャンプマン」のロゴとブランド化で、ナイキとスター選手との絆はかつてないほど強固となり、ナイキが靴メーカーという枠を超えてスポーツ界とマーケティング界で強大な力を獲得する一助となった。1990年代にシカゴ・ブルズを6度の優勝に導いたジョーダン氏の実力と、ナイキのマーケティングのノウハウが、両者を世界的なスターダムへと押し上げた。
以後ナイキはウッズ氏、セレーナ氏とも同様の契約を結び、この手法を模倣する企業も相次いでいる。アンダーアーマー(Under Armour)がゴルフの新星、ジョーダン・スピース(Jordan Spieth)氏のスポンサーになったのもその一例だ。
またナイキは、米国の大学とのサプライヤー契約のパイオニアでもある。ブランドと大規模なスポーツ大会をコラボレーションさせることで、両者の人気の向上に一役買っている。(c)AFP
