【10月17日 東方新報】中国では「史記」や「紅楼夢(Dream of the Red Chamber)」にも記述があるほど古くから親しまれてきた、ビンロウ。一部の人にはなくてはならない嗜好(しこう)品とも伝統的な風習とも言えるかもしれないが、今、その発がん性と危険性が改めて注目され、規制が強化されつつある。

 ビンロウとは、ヤシ科の植物。太平洋の島々や東南アジア、中国では主に南部では、その実を嗜好品として、噛(か)みたばこのようにそしゃくする。見た目は大きめのオリーブのようで、葉に巻いて売られていることもある。旅先で、現地の人が何やら歯を真っ赤に染めて噛んでいたり、まるで血液が混じったかのように見える唾を吐き出したりしている様子を見た人がいれば、まさにそれだ。アルコールやたばこに似た覚醒作用があり、中毒性がある。

 中国でそのビンロウへの風当たりが強くなったのは、今年9月、著名な男性歌手、傅松(Fu Song)さんが36歳の若さで亡くなったのがきっかけだった。

 傅松さんはビンロウの生産地、かつ大消費地でもある中国南部、湖南省(Hunan)の出身で、自身も愛好家だった。傅松さんはビンロウの長期使用が原因とされる口腔がんを患い、右頬に顔が変形するほどの大きな腫瘍ができてしまった。彼は生前、闘病中の姿を動画で発信し、「ビンロウをやめるように。命は尊い」などと、その危険性を訴えていた。

 彼の死の翌日、中国の電波行政を統括する国家ラジオテレビ総局は、テレビやインターネットを通じてビンロウやその関連商品を宣伝することを禁じた。

 また、複数の地方当局が、ビンロウ販売に対する管理を強化する方針を相次いで表明した。

 実は、ビンロウの発がん性は早くから指摘されていた。さかのぼれば、2003年には世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)が、すでにその発がん性を認定している。

 もちろん中国でもビンロウの引き起こす健康被害は認識されていたものの、対策は各地方によってばらばらで、近年になって、中国政府がビンロウを食品として販売することを禁じるなどの規制強化に乗り出した。

 ビンロウがこれまで事実上、規制を免れてきた最大の理由の一つとして指摘されるのは、産業規模の大きさだ。中国での愛好者は6000万人で、年間の需要は10万トン以上という。報道によれば、2018年の生産額は781億元(約1兆6049億円)にのぼる。その額は、2025年までに1000億元(約2兆549億円)と見込まれるという試算もある。

 中でも原材料の生産量が多い海南省(Hainan)や、加工工場が多い湖南省では、ビンロウの産業チェーンが、農民の収入増や雇用の創出を実現し、地元経済に大きく貢献してきた事実は否めない。

 だが一部の産業や従事者の生活を守るために、不特定多数の国民の命と健康を危険にさらすのは本末転倒だ。傅松さんの死と、自らの死を健康被害の証左としてさらしたその勇気を無駄にしないためにも、関係当局には、かつて、たばこに関して世界がそうしてきたように、ビンロウの危険性を周知させていく責任とともに、当該産業に頼ってきた地域に、代替作物を導入したり新規産業を誘致したりするなど、抜本的な構造改革を促す知恵と勇気が求められる。(c)東方新報/AFPBB News