死亡した松岡農水相、農家擁護などで手腕を発揮

05月29日 08:50


2007年1月27日、スイスのダボス(Davos)で世界経済フォーラム(%%World Economic Forum%%)と同時に行われた世界貿易機関(%%WTO%%)のドーハ・ラウンド(%%Doha Round%%)の会合の開始を待つ松岡農水相。(c)AFP


【5月29日 AFP】「政治とカネ」をめぐるスキャンダルの渦中で自殺した松岡利勝農水相(62)は、官僚から政治家へと転身し、日本の農業の擁護に尽力した人物だった。  農家および大企業との太いパイプを基盤に1955年からほぼ継続的に政権を握ってきた与党自由民主党のなかでも、松岡氏はいわゆる守旧派の議員として広く知られていた。  農林水産省入省後、約20年間にわたり林野関係の仕事に携わり、1990年に故郷熊本県から出馬して衆議院議員に当選。  農水相として、行き詰まる世界貿易機関(World Trade Organization、WTO)の交渉や米国による牛肉輸入拡大要求など、慎重を要する微妙な問題に対応する日本の交渉窓口となってきた。  最近の実績の1つとして、4月、中国が4年間実施していた日本米の禁輸を解禁させたことが挙げられる。  また、海外で「本物の」日本食を提供するレストランに資格を与える「海外日本食レストラン認証」制度のキャンペーンも立ち上げた。  農村に生まれた松岡氏は、首相官邸の安倍内閣メールマガジンで「子どものころ、親の手伝いで森の下草を刈ったことを思い出す」と述べており、環境を守るため森林違法伐採の阻止を推し進めた。  また、農家の利益擁護の先頭に立ち、2001年に国内で狂牛病発生が確認された際には、畜産業を守るため政府に牛肉を買い上げるよう訴えた。しかし最近は、地元産業との関係で一連のスキャンダルが発覚し追い詰められていた。(c)AFP