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CULTURE 2021.4.3 

『ルパン三世』がなぜフィアット500に乗っているのか知っていますか? 伝説のアニメーター、故大塚康生さんの思い出

日本を代表するアニメーターの大塚康生さんが3月15日、89歳で亡くなった。無類のクルマ好きとして知られる大塚さんは、自身の代表作のひとつである『ルパン三世』になぜフィアット500を登場させたのか? かつて大塚さんを取材したモーター・ジャーナリストの藤原よしお氏が、ご本人の貴重な言葉を振り返る。

原作:モンキー・パンチ(C)TMS

海沿いのワインディングロードを白いトライアンフTR4が疾走する。ボンネットには赤いレーシングストライプが入り、グリルが外されている代わりにチェッカー柄のカバーがついたフォグランプを取り付けるといった、カフェレーサー的なモディファイが施されたTR4を運転するのは峰不二子。すると助手席に乗ったルパン三世がこう切り出す。


「さすがトライアンフだ。コーナリングがいいや」


これは1971年から放送されたアニメ『ルパン三世』の第9話『殺し屋はブルースを歌う』の冒頭のシーンだ。

ルパンの一言で画面を走るトライアンフが、リヤ・リジッドアクスルのTR4ではなくトレーリングアームの独立懸架になったTR4Aだと“わかる人”にはわかる。そうしたマニアがニヤリとする瞬間が、随所随所に散りばめられているのが、いわゆる1stシリーズと言われる『ルパン三世』の魅力の1つだと思う。

このTR4以外にも作品の中にはルパンの愛車であるフェラーリV12を搭載したメルセデス・ベンツSSK、銭形警部の410系日産ブルーバード、BMW1800ノイエクラッセ、峰不二子のアルピーヌA110、パイカルのFMR KR200など、特徴を上手く捉え、登場人物に見事にマッチした“実車”が、数多く登場する。

中でもSSKとともに多くの人の印象に残っているのが、16話から愛車として登場し、映画『ルパン三世カリオストロの城』で主役ばりの活躍をしたフィアット500(チンクェチェント)だろう。

こうした当時のアニメーションでは前例のない、リアルな自動車や、銃器、時計などの描写にこだわり、ディテールを追求した仕掛け人が、作画監督を努めた大塚康生さんだ。

『ルパン三世』や『未来少年コナン』など、数多くの作品を手掛けてきたアニメーター・作画監督の大塚康生さん。日本のアニメーション界を共に支えてきた高畑勲、宮崎駿の両監督は、東映動画の後輩でもある。撮影/叶精二

僕がフィアット500と大塚さんの存在を認識したのは、アニメの世界が最初ではなかった。 1984年、毎日のように模型店に通い、戦車や飛行機のプラモデルのことしか頭の中になかった中学1年の僕は、創刊されたばかりの1冊の模型雑誌に出会う。その名はモデルグラフィックス(大日本絵画 刊)。それまでの模型誌とは違う作品、写真のクオリティ、グラフィカルなレイアウト、豪華な執筆陣の原稿の面白さは衝撃的で、いつしか「模型を作りたい」という気持ちが「こんな雑誌を作りたい」に変わった転機となった1冊である。

その中で大塚さんは創刊号から『大塚康生のおもちゃ箱』という連載をされていた。その内容は大塚さんのライフワークでもあるミリタリー・ヴィークルの話(改めて読み返すと、これも貴重なものだ)がメインなのだが、個人的にものすごく印象的だったのが1985年1月号に掲載された連載第3回の『フィアット500余聞』だ。

1945年にオランダで武装解除されたドイツのヘルマン・ゲーリング師団の多数の車両の真ん中にポツンと小さなフィアット500トポリーノが写るメインカットから始まる記事の中で数多くのイラストと軽妙な文章で綴られていているのは、2種類あるフィアット500の歴史、新車で買って2台も乗り継いだチンクェチェントのこと、アニメーター仲間の宮崎駿さんのシトロエン2CV、小田部羊一さんのVWビートルとのエピソード、ボディに様々なマーキングを施して九州1周をした想い出、理想の1台というチンクェチェント・ベースのオフローダー、フェルベス・レンジャーのことなどだった。それはスーパーカー・ブーム以来、自動車への関心が薄れていた僕にはとても衝撃的で、これを機にちょっと旧いクルマ=ヒストリックカーへの興味が燃え上がり、あっさりとプラモデル作りを卒業することになった。決して大袈裟な話ではなく、もしこの記事に出会わなかったら、僕は今の仕事をしていなかったと思う。

若かりし日の大塚康生さん。大塚さんが乗った500は日本輸入第一号車だったという。ご遺族提供、撮影者不明

だから大学を出てカー・マガジン(ネコ・パブリッシング刊)編集部に入り、半年ほど経ってフィアット500特集を組むことに決まった時、「何か1つネタを」と編集長に託されて是が非でもやりたいと思ったのが、大塚さんに自身のチンクェチェントのことを語っていただく企画だった。

企画が通るや否や、電話帳で思いつく関係先を調べ上げて聞きまくり、なんとか大塚さんの連絡先を教えてもらったのは、今にして思えば若さのなせる技だが、恐る恐る電話をしてみると、突然の申し出にもかかわらず、快く大塚さんは取材を引き受けてくれた。

そこで厚かましさのついでに、スタジオでチンクェチェントとの撮影をお願いしたいこと、そして「モデルグラフィックスのようなイラストを書き下ろしていただけないか?」ともお願いしてみた。

すると大塚さんは、昔と同じような絵を書いても面白くないので、今の自分の想いを絵にすること、そしてルパンを描く場合は版権の問題があるので、日本テレビの担当部署に許可を申請する必要があることなどまでも丁寧に説明したうえで、快諾してくれたのだった。

数週間の後、届いた原画を手にした時の感動と緊張は今でもはっきりと覚えている。ルパンと次元の乗ったチンクェチェントが五右衛門に真っ二つにされたり、銭形のブルーバードに追いかけられる姿は、1stシリーズのアニメそのもの。そのほかフェルベス・レンジャーや、大塚さんのかつての愛車など、モデルグラフィックのモノクロ写真でみたものが、フルカラーで生き生きと描かれていたのである!

またスタジオ撮影では、こちらで用意したチンクェチェントとニコパチで撮るのではなく、敢えてリヤをジャッキアップして、仰向けの状態でクリーパーに載って作業をしているポーズをお願いするなど、随分無理を言ったりもした。それでも大塚さんは「普通に撮るより面白い!」とノリノリで協力してくださった。

インタビューでは、当時の雑誌でキャンバストップを開けて傘をさした人が乗っている写真を見つけて、これだ!と芝公園の西欧自動車に買いにいったことから始まり、「フィアットとスバル360は似てると言われるけど、それは違う。スバルのモチーフはむしろビートル。並べてみるとわかるんですが、ビートルには余計な線が多いんです」といったデザイン論や、「ボディにレンガ模様を描いたり、“歩”なんて描いたのは、今の人がTシャツに絵を描く感覚。僕にとってフィアットは洋服のようなもの。自動車は個性を主張する手段の1つなんですよ。だからカッティングシートで2〜3ヶ月ごとに模様を変えていました」というご自身の自動車感、さらに「宮崎さんとは、ルパンは泥棒のマンガだけど成功しちゃいけないって共通の思想がありました。失敗ばかりしてるからお金持ちじゃない。だから一番安いクルマに乗ってるはずだって。ならばお前の乗っているクルマがいいんじゃないか?と決まったんです。あと、意外とアニメーターにクルマの絵が得意な人が少なくSSKは複雑なので、比較的描きやすくサンプルもある自分のクルマならいいだろうって思いもありました」といったルパン裏話などを、じっくりとお聞きすることができた。

大塚さんの500の隣に並ぶのは、宮崎駿監督が所有していたシトロエン2CV! 撮影/大塚康生、ご遺族提供

さる3月15日に89歳で亡くなられたという訃報に接し、思い出したのは、僕の編集者人生の中でも強く印象に残っている、カー・マガジン258号での記事『僕とルパンとフィアットと」を作った22年も前の出来事だった。

取材の最後に大塚さんは「単純な動機でマンガに出したけど、そのあと一人歩きしてアイドルになっちゃったね」と仰っていたが、確かに正規輸入台数もあまり多くなく、日本ではマイナーな存在だったイタリアの大衆車は、アニメの中で大塚さんによって命を与えられ、最も有名な自動車の1つになった。

この他にも、様々なアニメ作品での活躍、ご自身でも所有されていたウィリスMBやM422マイティマイトをはじめとするミリタリー・ヴィークルの研究や出版、さらにその豊富な知識を生かした今はなきマックス模型での奮闘(大塚さんが企画に関わったモデルは、その後他社に渡ってからも長らく販売され、今も評価は高い)、タミヤ模型でのデザイン監修など、有形無形を問わず遺された功績は枚挙にいとまがない。

そして今、件のモデルグラフィックスやカー・マガジンや、大塚さんの著作を読み返してみると、アニメーター、作画監督というプロの視点とともに、いちマニアとして全体のフォルムから1つ1つのディテール、そして音や動きの一部始終までも立体的に捉えている観察眼に、ただただ圧倒されてしまう。

だからこそ、50年も前の作品でありながら、1stシリーズのルパンにはまるで実写のようなリアリティがあるのだろう。

大塚さんを偲びながら、もう一度じっくりとルパンを観てみたくなった。

筆者が「カー・マガジン」で大塚さんに書き下ろしてもらった時のイラスト。

文=藤原よしお 協力=叶精二

(ENGINEWEBオリジナル)

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