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CAR 2021.3.21 

アルピーヌA110とフォーミュラのA340、貴重なレーシング・アルピーヌを極める!

ラリーとフォーミュラ、2台のレーシング・アルピーヌをはじめ、貴重なヒストリック・フレンチたちを所有する村田さんは、湖畔に建てたガレージで、週末のたびにクルマ趣味を楽しんでいる。

高校生でハマったWRC

「エンジンを掛けることも考えて普段は頭から入れているのですが、撮影があると聞いたので向きを替えておきました」

そう言って我々を迎えてくれた村田正二さんは、眼下に富士五湖を望む別荘地に建てられたガレージで、走りはもちろん、自らの手でメインテナンスも楽しむ実践派である。

高校生の頃にグループA時代のWRC(世界ラリー選手権)にハマり、免許を取得してからは三菱パジェロで林道を走って楽しんでいた村田さんだったが、大学時代に友人から借りた漫画『GTロマン』でヒストリック・カーの世界に興味をもち、30歳の時にGTAルックのアルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTVを手に入れた。

レストア直後ということでコンディションも良かったジュリアは、1度も壊れることなく、文字通り村田家のファミリーカーとして11年にわたり活躍した。ところがある時、箱根でスピンさせてしまい全損となったことで、村田さんのクルマ趣味は大きく動き出すことになる。

走りながら探したガレージ

「一度乗ってみたくて、1972年式のポルシェ911Tを手に入れたんです。続いてジュリアが1600ccだったので、何か他に1600ccで良いのをと思いロータス・エランS3を買って、さらに今の初代アルピーヌA110も手にいれて、3台を取っ替え引っ替えして乗っていたんです」

ちょうど甲府に単身赴任していたこともあり、村田さんはご自宅のある湘南との間を週末のたびにクルマを乗り換えて往復する生活を5年ほど送った。その道中でワインディングを楽しみながら別荘の候補地を探してまわり、今の場所に辿り着いたという。

母屋脇の駐車スペースには、3年ほど前に知り合いのショップにあるのを見つけ「今しかない!」と手に入れたランチア・デルタ・インテグラーレ16Vが。

「ガレージを建てるので平坦な土地がいいと紹介してもらったのですが、最初に見た瞬間に“おっ!”って思いました(笑)。富士山がよく見えるし、木に登ってみたら湖がドカンと見えた。これなら2階からの眺めは良いだろうって即決したんです」

当初は室内から愛車を眺められるビルトイン・ガレージを作る気でいたのだが、奥様が反対。そこで母屋の向かいに木製のユニットガレージを建てることとなったのだが、結果としてこれが正解だったと村田さんは振り返る。

「エンジンを掛けてもリビングに音が響かないし、排気臭くもならない。冬場も朝晩は寒いかもしれないけど、ストーブを炊けばすぐ温まるし、昼間は結構暖かいんです。また日当たりも風通しもいいので、壁に置いた本がよれていないことでもわかる通り、湿気もなくサビの心配がないんですよ」

薄肉のFRPボディ、熱線入りのフロント・ガラス、大型ブレーキ・キャリパー、補強されたフロント・サスペンション、室内に移設させた燃料タンク、脱着式となったエンジン・ルームのサブ・フレームなどのディテールはGr.4マシンならでは。ゴッティ製のホイールも貴重な当時モノだ。

アセプトジルのA110

そんなガレージの主役の1台がアルピーヌA110・1600GSだ。実はこのクルマは1972年12月にアセプトジル・チームにデリバリーされ、1973年のモンテカルロ・ラリーにパット・モス・カールソン(往年の名F1ドライバー、スターリング・モスの妹)のドライブで出場したという素晴らしい経歴をもつ、グループ4マシンである!

村田さんによると、1973年用にアセプトジルにデリバリーされたA110は3台。うち2台は1600ccのままのグループ3だったが、このクルマだけ1790ccユニットを積んだグループ4仕様となっていたという。

村田さんのA110・1600GS・Gr.4は、女性だけで構成された“アセプトジル・チーム”の1973年用マシンで、ガレージに飾られた写真の中央に写る個体そのもの。現在エンジンは1600GSの物が積まれているが、オリジナル・エンジンもOHして保管中。

「手に入れた時はバルーン・フェンダーになっていました。それをアルプスで3台のA110とドライバーを並べて写真撮影をしたプレゼンテーションの時の仕様に戻そうと、4年かけてレストアしました。トゥール・ド・コルスからフェンダーが張り出してゴッティの太いホイールを履くので、この姿はプレゼンテーションとモンテカルロの時のみ。しかもこのデカールはプレゼンテーションの時だけの仕様なんです」

そんな貴重なA110を村田さんはラリーカーらしく、思う存分走らせて楽しんでいる。当然、跳ね石の小傷がつくこともあるが、走るからには当然。直そうと思えば、いつでも直せるというスタンスだ。

「色々乗ってみて、これが一番面白い。RR(リアエンジン・リアドライブ)の特性もみんな危ないっていうけど、それをわかって走れば、自分を軸に駒のようにクルッと回る。最初は怖いんだけど慣れてくるとわかりやすい、走りやすいと感じるようになります。もうこれは一生持っていたい。絶対手放しませんよ!」

フルニエ・マルカディエの4輪処女作であるバルケッタFM01。チューブラー・フレームのシャシーにR8ゴルディーニのパワー・ユニットをミドシップ・マウントする。日本では手に入らない書籍やグッズが示すように2台のフルニエ・マルカディエを通じて彼の地のオーナーズ・クラブと深い関係を築けたのも財産の1つという。

広がるフレンチ・コネクション

このA110との出会いが、村田さんのクルマ趣味の新たな扉を開くきっかけともなった。

「じゃあ、軽いミドシップの動きってどうなんだろうって興味が湧いて、911を手放してフルニエ・マルカディエのヴァルゾイというクーペを手に入れたんです」

フルニエ・マルカディエは自転車のフレーム・ビルダーだったアンドレ・マルカディエとマルセル・フルニエが1963年にフランス・リヨンに設立した知る人ぞ知るレーシング・コンストラクターだ。村田さんはまずガルウイング・ドアを持つ1969年式のクーペ、ヴァルゾイ(現在はレストア中)をフランスで見つけて輸入。彼の地のオーナーズクラブなどとの交流を深めていく中でその魅力に心酔し、リヨンに赴き1963年式のバルケッタFM 01 まで手に入れてしまった。

デイトナ24時間4勝を誇るボブ・ウォレクが1969年シーズンにドライブしたシャシー・ナンバー3407。来シーズンのレースを前に当時のマーキングに戻す予定だ。エンジンは1300cc 812型ゴルディーニ・ユニット。

そして今年、村田さんのコレクションに加わったのが、2台目のアルピーヌとなる1968年式のフォーミュラ・フランス、A340だ。

「気付いたら、いつの間にかフランス車ばかりになっていました(笑)。例えばランチア037ラリーとかアバルトとか、欲しいクルマはたくさんありますが、ここまで来たらフランス車で統一した方がいいかなと思っているんです。フルニエ・マルカディエもルノー8ゴルディーニのパワートレインを使っているので、パーツの共通点も多いし、フランスの友人もすごく良くしてくれて、パーツや情報を送ってくれますし」

この冬は来シーズンに向け、A340のメンテナンスに取り組みたいと語る村田さん。取材後も実車と資料を肴としたクルマ談義は暗くなるまで続いたのだった。

文=藤原よしお 写真=郡 大二郎

(ENGINE2021年2・3月合併号)

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