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CAR 2020.12.26 

【オーナー取材】スーパースポーツカーの元祖、ポルシェ904とフェラーリF40の2台持ち

かつて964ターボや996GT2で鈴鹿を攻め、国内で行われたル・マン・クラシックにも参戦した中谷雅夫さんが辿り着いたのは、フェラーリとポルシェのコンペティション直系モデルたち。ところが実は、最新のスーパースポーツカーに感謝しているのだという。

京都、宇治。週末ともなれば色とりどりのマニアックなクルマの集まるイタリアン・レストラン“ブリオ”がある。レストランのある一角は製茶工場などが立ち並ぶ地域だが、高速道路を挟んで向こう側にいくと大きな川が流れている。宇治川だ。その上流は瀬田川で琵琶湖に繋がっており、下流は京都と大阪の県境で桂川や木津川と合流し淀川となって大阪湾まで続く。宇治のあたりは古来より交通の要所でもあった。

第2回日本GPの映像で存在を知ったというポルシェ904GTS。ポルシェ930カレラでル・マン・クラシックを走った際にその性能の凄さを知った中谷さんは、いつかはと、思うようになった。そしてチャンスはある日突然に。気難しい女性を扱うような楽しさがあるという。

ブリオもまた近隣のクルマ趣味人にとって要と言うべき場所だ。何せここには整備工場も隣接されているのだから。オーナーの中谷雅夫さんはそうなった経緯をこう語る。「ボク自身、京都に帰ってきて旧いクルマにハマったんですよ。105系のアルファ・ロメオ・スパイダーに乗りましてね。それまで暴走族みたいなクルマばかり乗っていたものですから、世界には知らないクルマがまだまだあるんだな! って感動しまして。次第に仲間も増えたんです。そうこうしているうち、皆が整備で困っていることが分かったんです。元々材木屋なんですけど、仲間から“まっちゃん、宇治で整備工場やってよ”って言われまして。そこでたまたまこの土地を持っていたので、ファクトリーを造ることにしたんです。どうせならみんなに気軽に集まってもらえるカフェも併設して、と話が大きくなりまして。2000年にオープンさせました」

ブリオには“愉快”という意味がある。けれどもオーナー自身は決して遊び半分で取り組んだわけではなかった。なんと本業から退いて、専属メカニック&シェフを雇い、このブリオ・ファクトリーを始めたのだ。もっとも、手放した材木の会社も結局、跡継ぎが見つからず中谷さんが再登板し現在に至っている。

コンペティション直系の2台

ブリオに着くとレストランに入る前にこの2台の前を通ることになる。2台を見ただけでクルマ好きは“ここに来た甲斐があった”と思うだろう。国籍も性格も異なる2台。実は中谷さん、ポルシェも好きで、フェラーリも好き、なのだ。

今年61歳。若い頃、日本グランプリの映像を見て衝撃を受けたクチだ。なかでも1964年のGPで式場壮吉の駆るポルシェ904の画像はひと際鮮明に目に焼き付いたのだという。「とはいえ、最初のクルマはスカイラインでしたけど(笑)」。

高校時代にはカートで走り込んだ。免許を取って、パープルに塗り替えたハコスカGT-Rをオバフェン・シャコタンにして乗り回し、フェアレディ240Zを3Lまでスープアップしてゼロヨンを戦った。戦闘好きは経営者に必要な資質の1つでもあり、チャレンジャー精神にも繋がる。至高のコンペティション直系モデルというべき現在の2台のラインナップは、中谷さんに宿る様々な熱き想いの必然的終着点だったのだろうか。

「実はポルシェでサーキットを攻めるのが好きだったんですよ。964ターボや996GT2でスズカのタイムアタックに挑戦したりしていたんです。930カレラではル・マン・クラシックにも出ました。そうそう、そのときですよ、同じクラスの904GTSにぶち抜かれて。まったく歯が立たない。めっぽう速かった。そのとき、いつかは自分も! って思ったんですよね~」

聞けば最近はとんとサーキットとはご無沙汰だという。反対に旧いクルマへの興味がどんどんと増した。その結果が“その昔のレースに通じるこの2台”だったのだ。

エンツォ・フェラーリが見守った最後の跳ね馬ロードカー。憧れ続けてずっと探していたところ、十数年前の年の瀬に東京で売り物が出たとの報せが。手付け金を握りしめすっ飛んで行った中谷さん。自分へのクリスマス・プレゼントに、と24日に改めて引き取りに行った、らしい。

「10年ほど前ですか、スズカに最新のGT-Rが現れたんです。こっちは通いに通って、いろんなセッティングを試しながら、本格的なヘルメットとスーツでばっちりキメて、必死になってコンマ何秒を縮めてきたわけじゃないですか。なのに、長袖にヘルメットだけでやってきたGT-Rが、走り込まないうちに自分と同じようなタイムで走り出した。文句なしに速いんですよ、最新のスーパースポーツは。ボタン1つで何でもできるというかね。それはそれで凄いことだと思うし、最新のフェラーリあたりも格好いいとは思うんですけれど、なんというかクセがなくて面白みに欠けるというか……。それはそれで乗れば楽しいとは思うのですが……」

目の衰えもあって、GT-Rの出現を機に個人的にはサーキットからは足を洗ったらしい。もっとも仲間うちではまだまだ元気に走っている人も多く、その面倒をみがてら出掛けることも多いというが。

「一時期、ディーノとBB、F40と、年代の違うフェラーリを所有していたことがあったんです。どれも紛れもなく跳ね馬らしいクルマでしたけれど、キャラクターはまるで違った。その年代の造り手の思いが、不完全さのなかにかえって立ち上がってくるといいますか……他の人から見ればそれって欠点かもしれませんが、乗っている方からすると長所なんです。クセも味。そのクルマに独特なキャラクターなんだと思うと、もう愛おしくて」

なるほど、昔のクルマにはあからさまな欠点があって、それをカバーする長所が美点とされてきた。ディーノならパワーはモノ足りないかもしれないけれど、ハンドリングが素晴らしい。BBならパッケージは悪いかもしれないけれど、スタイルとGT性能が素晴らしい。

「F40は、もうじゃじゃ馬ですよね。でも、これはエンツォが見守った最後のフェラーリ・ロードカーです。レーシングカーでもある。ボクにとっては最高のマシーンです」

凄いだけじゃツマラナイ。中谷さんの境地はそこだ。けれどもスーパーカーもまたクセをなくすことで進化してきた。だから機械任せになってしまうことは、ある意味仕方がない。だからこそ、世間の多くのスーパースポーツカー乗りがクラシックモデルを同じガレージに並べているのだとも思う。

「実はこの904、前オーナーがアヴェンタドールを買うから、ってボクに譲ってくれたんですよ。現代のスーパースポーツが登場しなければ、決して回ってこなかった。違う意味で感謝しています(笑)」

F40と904GTS。スーパースポーツの祖先である。中谷さんの夢はこの2台の間にスーパーカーの元祖ミウラを収めることらしい。

文=西川 淳(自動車ジャーナリスト) 写真=望月浩彦

(ENGINE2020年12月号)

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