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CAR 2020.10.4 

松本葉さんとアルファ・ロメオ・ジュリアGTA これを希望に私は生きる!

コロナウィルスは私たちに大きな衝撃を与えた。一方、いま最も衝撃的なクルマといえばこのGTAだ。コロナ禍が終焉した日にはぜひ乗ってみたい。

通年の如く春先に開幕されるジュネーブ・モーターショーがキャンセルになったとき、現地で久しぶりに会うはずだった本誌スタッフの新井ちゃんとたいそう嘆き合ったものだった。ショーの中止は政府の要請に従う形で決められたものの、あの時点でスイスの感染者はひとり。イタリアは怪しくなり始めてはいたけれど、実感を持てずにいた。残念過ぎるとこぼすと、電話の向こうで彼がこう呟いた。「いや、こんなことは序の口って思うような状況が来ちゃったりするかもしれないですね」。まさかと笑ったが、この日から2週間後、住まいを構えるフランスが全土にわたってロックダウンした。

自動車はどこに向かうのか?

自宅隔離の日々が続き、自動車に乗る機会もめっきり減っている。免許を取得してうん十年、これほど長くステアリングを握らなかったのは初めてだ。愛車のバッテリーが上がるのではないか、と日々案じる。何よりこの時期、ガソリン価格がぐっと下がったのはまさに皮肉な出来事だ。あれほど騒いだ大気汚染が一挙に解消されたのも同様である。なんだ、青い空はこんなに簡単に取り戻せるものなのだと肩透かしを食らった気分。移動の自由を獲得した人間がウィルスを運び、このウィルスが今度は我々の移動の自由を取り上げた。これも皮肉に思われる。

電気大国フランスではここ数年、凄まじい勢いでEVへの移行が推進されている。特にマクロン政権になってからは、環境面でEUのリーダーになることを目指す彼の旗振りによって、移行推進は日に日にスピードアップ。財政難から壊れた標識はそのままなのに、うらびれた広場、治安の悪い裏通りにまで充電ステーションができている。ここに自車を持ち込むオーナーがいたら、かなりの変わり者か豪傑だ。一方でいわゆる「古いクルマ」は都市部への乗り入れが禁止され車検制度は見直され、じわじわ壁に押し付けられている。自分がもしパリに住んでいたら、愛車パンダは中心部に入れない。愕然とする。駐車場代の値上がり、燃料課税、最高速度の引き下げと自動車乗りへの水攻めも激しい。スピード違反取り締まりについては今や民間業者まで駆り出される始末だ。

同時に個の自動車の排除もさかんだ。相乗り型シェアリングが異様なほどすすめられている。代表格は今や世界16か国で展開される“ブラブラカー”だろうか。自分の行先、時間、値段を登録して同乗者を募る。ドライバーの腕も素性もわからないのだ。最初聞いたときはこんな危ないことに身を託すヒトがいるのだろうかと思ったが、今や日曜日の夕方など駅前やスーパーの駐車場はブラブラカー族でいっぱい。自治体の要請によって相乗り出社を義務付ける企業も出始めている。ちなみに今回、自動車は個人の空間であることから衛生面での安全性が見直されている。シェアなど口にするのも憚れる雰囲気だ。

EVやシェアリングの普及は環境にとってはいいことなのだろう。しかし、これらを上から推進されることには、強い息苦しさを持つ。おそらく多くの自動車乗りがこう感じていたのではないか。一昨年、この国で起きたジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)という社会運動は、燃料課税への反対に端を発したものだったが、あれは自動車乗りの怒りの炸裂だったと今思う。公共交通が発達していないが故に欧州で「クルマの囚人」と言われるほど自動車への依存率が高い国にあって、クルマは生命線。自動車は社会的存在だが、同時に物以上のモノであり、自己の保有物だ。車種から乗り方まで、御上にあーだ、こーだ、指図されることに耐えられなくなったのだと思う。それでもこの運動が日の目を見たかと言われればイエスとは言えない。最低賃金の引き上げや燃料課税の棚上げはなされたものの、「自動車はこれからどこに向かうのか」という根本的な問題に答えは出なかった。本質を突き詰めぬまま時が流れ、今回の事態が発生した。

触れる前から惹かれる

パンデミックを神様が人類に与えた試練とか、予告された運命のように捉えるのはシャラくさいけれど、自動車乗りの視点では大いに考えさせられる。このタイミングに自動車について一度立ち止まって考えてみろと言われている気がする。「百年に一度の自動車改革期」の真っ只中に隕石が落下してきたよう。ウィルスがたまたま改革期にぶつかったということなのだろうが、これほど感染力の強いウィルスも少ないらしいから、百年に一度同士がぶつかったとすれば凄まじい偶然だ。偶然ほどインパクトを与えるものはない。

インパクトという点で言えば、いま真っ先に浮かぶのは生産がアナウンスされたばかりのアルファ・ロメオ・ジュリアGTA。これを「わが人生のクルマのクルマ」としたい。創業110年のメモリアル・イヤーにアルファは長く噂された新しい小型SUVのトナーレではなく、GTAを差し出した。トナーレの準備が整わなかったことでこちらにシフトしたという見方もあるだろうが、個人的には同社初のPHVも搭載する小型SUVより、黄金のイニシャルの復活の方がメモリアルを祝うこのメーカーに相応しいと思う。

おかえり、GTA。

4座のGTAとさらなる軽量化が施された2座のGTAmの2タイプ。両モデル合わせて世界限定500台となる。イタリアでの価格は付加価値税込でGTAが17万5000、GTAmが18万ユーロ。邦貨に換算すると2020万円と2080万円程度だ。

初めて乗ったクルマはVWビートルで、運転とはこんなに楽しいものかと感動した。初代ルノー・サンクを手にした時はこんなに乗り心地のいいクルマがこの世にあるのかと思った。200km/hを超える体験をさせてくれたのはサーブ900。20代半ばのことで、今もぐんぐん差し迫る山の景色がはっきり目の裏に焼き付いている。フィアット・ヌオーヴァ500を手にした時は「クルマはこれでいいんだ」と思ったが、ポルシェ911を買った時も同じことを触れ回ったように思う。走行距離15万kmを超えたフィアット・パンダとの暮らしは10年近くなる。下駄を通り越して今や皮膚のようで、自己主張しない沈黙の名車に衝撃を受けている。

「わが人生のクルマのクルマ」が何台もあるなど意味を取り違えているか、よほど鈍感なのかと案ずるものの、自分にとって衝撃的な自動車とは知らなかった世界に導いてくれるものなのだと思う。馬齢を重ねても知らない世界はたくさんある。ジュネーブ・ショーがキャンセルになったことでショー・デビューを果たすはずだったGTAはボディに触れることさえできていない。それでも動画で対面、奏でるサウンドや勇ましい姿に、自分の知らない世界に導いてくれると確信する。同時にクルマはその時々の乗り手の心のあり方にハマることで驚きをもたらす。今の状況のなかで自分にはGTAのデビューがもっとも衝撃的であり、とても嬉しく、何より気持ちを揚げてくれる。このクルマと思い出作りはできていないけれど、思い出を作る前に、これほど惹かれる自動車に出合ったのは初めてだ。

勇気が与えられる

アルファ・ロメオの歴史はジェットコースターの如く上昇と下降、ハイスピード期とスローダウン期で埋められている。ニコラ・ロメオの時代から順調で穏やかな成長が続いた時期はない。にもかかわらず強いブランド力をつけ、多くのアルフィスタを生み出したのは、いつの時代も先進技術を武器に、それをデザインと融合させ、レースで勝利を重ね、勝利を乗り手と分かち合うような生産車を提出したからだろう。エンジニア、デザイナーから社長まで、アルファは常にオールスター軍団で自動車を作った。個性的な人間の顔がたくさん見えることと、転んでもタダでは起き上がらなかったその歴史に、今は殊の外勇気を与えられる。

アルファ・ロメオはすでにクルマが技術的にも存在としても迷走中の2016年に、「後輪駆動セダン・ジュリア」というひとつの答えを提出した。それは時代の風に逆らうものだった。あの時も感動したが、今回はさらに逆行したということになる。カーボンファイバーの多用による100kgダイエット、ザウバーが手掛けたというエアロ・キット等による空力性能の向上、サスペンションの見直しによるハンドリングの向上から、ちらりと貼られたアウトデルタのステッカーまでやる気満々。2・9L V6ターボ・エンジンは540馬力を獲得したという。エコロジーもサステナブルも影を潜めている。メッセージはひとつ、「走ってみろよ」。いいなぁ、こういうの。

不運なタイミングでデビューしたことで、本国イタリアでも封鎖中ゆえにロード・インプレッションは上がっていない。「走ってみた」ジャーナリストはおらず、それどころか生産もストップしているはずだ。それでも走る前からこれほど注目が集まることは前代未聞。多くのアルフィスタが「出した」ことを高く評価する。同感だ。個人的に強く惹かれるのは、「存在」としてのGTAだ。こういう自動車が今の時代に送り出されたことに感銘を受ける。

移動の自由とスピードを具現化した乗り物が大きな曲がり角にさしかかった時代に、ウィルスによって世界のあちこちで自動車乗りが不動を余儀なくされている。アルファ・ロメオが110年の節目を迎えた年のこと。この巡り合わせも不思議である。

コロナ禍が終焉した日にはぜひ乗ってみたい。「わが人生のクルマのクルマ」として綴ってみたいと思う。今、ジュリアGTAを希望にしながら私は生きている。

文=松本葉(自動車ジャーナリスト)

(ENGINE2020年7・8月合併号)

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