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CULTURE 2020.8.15 

“ウィーンの宝”が46年ぶりにリリースした、ベートーヴェン晩年の傑作「ディアベッリ変奏曲」

ベートーヴェンの生誕250年を記念し、オーストリアの伝説的なピアニスト、ルドルフ・ブッフビンダーが再び「ディアベッリ変奏曲」に挑戦。新たなる名演の魅力に迫る。

ルドルフ・ブッフビンダーは1946年生まれ。古典から20世紀の音楽まで幅広いレパートリーを誇る。© Rita Newman

“ウィーンの宝”と称され、いまや巨匠と呼ばれるルドルフ・ブッフビンダーの演奏は、自由闊達で創意工夫に満ち、洞察力に富む。ライフワークはベートーヴェンのピアノ・ソナタとピアノ協奏曲。そのベートーヴェンは非常にテンポが速く、疾走するような空気を生み出し、ひたすら作曲家の魂に近づく演奏である。

とりわけピアノ・ソナタのコラール風な書法、長大なロンド、随所に現れるスタッカート、トリルを駆使した主題など、すべてがドラマティックで強烈である。ブッフビンダーは長いフレーズを表現する箇所、テーマが再度同じ音型で登場するところなどにおいて、微妙な弱音を用いる。この“弱音の美しさ”が非常に印象的で、聴き手の心に深く記憶される。

「私は完璧主義者なんですよ。どんな作品を演奏するときも楽譜を8から10版研究し、徹底的に作曲家の意図したことを追求していきます。ベートーヴェンのソナタも同様で、あらゆる版を見直し、常に新たな発見を求めてベートーヴェンの神髄に近づいていきます」

からだのどこにも余分な力の入らない自然体の奏法で、精神性が高く作曲家の意図するところに肉薄する一途なものだが、随所に豊かな歌心と踊り出したいような躍動感が顔をのぞかせる。だからだろうか、演奏を聴いた後は、ウィーンの空気をまとったような不思議な温かさに包まれる。ベートーヴェンの音楽性と人間性の両面を全身で享受し、至高のひとときが体験できるのである。

1967年にベートーヴェン・ピアノコンクールで1等を獲得。現代におけるベートーヴェン研究の大家としても名高い。© Rita Newman

真骨頂はライブ演奏でのアンコールにも現れる。深遠な作品の後に、突然シュトラウス2世の「ウィーンの夜会」を、超絶技巧をものともせずに嬉々たる表情で演奏。会場は拍手喝采に包まれる。これがウィーン人ならではの粋な演出なのかもしれない。

そんなブッフビンダーが、ベートーヴェンの生誕250年のメモリアルイヤーである2020年を記念し、46年ぶりに「ディアベッリ変奏曲」をリリースした。「ディアベッリ・プロジェクト」と題したこの録音は画期的な企画で、CDの1枚目に通常のベートーヴェンの「アントン・ディアベッリのワルツによる33の変奏曲」が収録され、2枚目にはブッフビンダーが現代を代表する11人の作曲家に新たな変奏曲を委嘱した作品が収録されている。さらにベートーヴェンと同時代の作曲家が書いた8曲も演奏されている。

「ディアベッリ変奏曲」は、作曲家で出版業に携わっていたアントン・ディアベッリが、ベートーヴェンをはじめ当時名の売れていた作曲家50人に自らの主題による変奏曲を依頼したもの。ベートーヴェンの作品がとりわけ後世に名を残す傑作となった。 

ブッフビンダーは版を複数研究して作曲家の真意に近づくことをモットーとしているが、今回もその精神を存分に発揮、細部まで神経が張り巡らされている。新曲も各々が非常に個性的で1曲ずつ胸が高揚する。

ルドルフ・ブッフビンダーの演奏による「ディアベッリ・プロジェクト」 (ユニバーサル ミュージックより発売中)

文=伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)

(ENGINEWEBオリジナル)

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