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CAR 2020.8.2 

清水草一さん/フェラーリに乗らずして死ねるか!人生を捨てる覚悟で買ったフェラーリ348tb 

それぞれの人生で出会った「決定的なクルマ」について綴ったエッセイです。自動車ジャーナリストの清水草一さんが選んだのは、「フェラーリ348tb」。人生を変えたクルマの物語をどうぞお楽しみください。

人生を捨てる覚悟だった

本当にそんな大それたモノを買っていいのか、恐れおののきながら手に入れたはじめてのフェラーリ、348tb。フェラーリを買わずして死ねるか!?

オイルポンプ駆動チェーンテンショナーベアリング崩落でエンジンを下ろして修理中の我が348tbです。修理代は93万円かかりました。
フェラーリが我が人生を変えてくれました。具体的には、最初に買った90年式348tb。このクルマがすべての始まりでした。

ソレを買ったのは31歳の時。わずか5台目の愛車でしたが、自分にとっては初めての輸入車で、初めての左ハンドル車で、ついでに初めての中古車でした。私はそれまで国産の新車しか買ったことがない、世間知らずの新人類(古語)だったのです!

が、27歳にして池沢早人師先生のテスタロッサに邂逅し、唐突に最終解脱。「フェラーリであればすべて善し」の悟りを開き、フェラーリを買わねば死ねない! と思いつつも、本当にそんな大それたものを買っていいのかという激しい罪悪感に苛まれ、それでも人生を捨てる覚悟で買ったのでございます。バブル崩壊よありがとう。

そこまでして手に入れたのが、欠陥車の誉れ高い初期型348tbだったというのがまた、おしゃれすぎる巡り合わせでした。それは、サスペンション取り付け剛性の想像を絶する不足により、直線を飛ばしているだけで突如横っ飛びしてしまうような、本当に恐ろしいクルマでした。フェラーリなのに。いやフェラーリだからこそまっすぐも走らない! 死を隣り合わせに感じつつ、至高のV8が奏でる悪魔的な快音に打ち震えれば、これこそ究極の自動車快楽。これぞ目的を持たない神のようなクルマ。まさに自動車芸術!

いま思えば完全な誤解でしたが、その誤解が私を大きく飛躍させてくれました。

つまり、性能などという世俗的でちっぽけな価値観などクソクラエ、それよりも、残酷な天使の如き芸術のきらめきに打ち震えることの方が何万倍も価値があると。おかげで私は、性能至上主義の桎梏から逃れ、神の視点を借りることができるようになったのです!

フェラーリは故障までも甘美でした。348は何度か原因不明瞭な片バンク停止を発生させましたが、路肩で走れなくなった我がフェラーリを見て、道行くドライバーたちがものすごくうれしそう! 通行人も笑顔満開! ああ、フェラーリ様は故障してもシアワセをくれる。いやひょっとして故障が一番甘美かもしれない。まさにパラダイムシフト! すべては90年式348tbが欠陥車だったからこそ発生したありがたい現象でした。

人生もパラダイムシフトしました。フェラーリを買った数か月後に出版社を退社、フリーライターになりました。フェラーリは買うわ会社は辞めるわで人生破滅一直線! みたいな感じでしたが、おかげさまで以来27年間、実に濃ゆい人生を送らせていただいております。あのクルマを買っていなければ、コレッポッチもありえませんでした。

カーライフだけを見ても、その後私はフェラーリを12台、ランボルギーニも1台買ったわけでして、そんなのサラリーマンやってたら絶対あり得ない。というか私は生来、大変おとなしい性格の地味で目立たない男なのですが、そんな自分がこんな人生送れるなんて信じられん! いまでもキツネにつままれたような気分です。つまりあの348tbこそ、私の人生を創ってくださったと言っても過言ではありますまい。

そんな私はつい先日、再びフェラーリ348を買いました。今度は94年式の348GTSであります。 実は、まっすぐ走らない348は初期型だけで、後期型は矢のようにまっすぐ走るという事実を27年後のいま初めて知り、責任を取って購入したのです。

正直なところ、まっすぐ走る348は、あんまり刺激がありません! なぜなら快楽が死と隣り合わせじゃないから! しかし348は私の人生の恩人じゃなかった恩車。カーライフの終盤が見えつつある58歳のいま、こういう形で感謝を形にできて本当によかった。ありがとうフェラーリ348tb!

文・写真=清水草一(自動車ジャーナリスト)

https://www.shimizusouichi.com/

(ENGINE2020年7・8月合併号)

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