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CULTURE 2020.7.17 

コロナ禍の世界を予知!? ノラ・ジョーンズの新作を聴く

ノラ・ジョーンズがニューアルバム『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』を発表。失意と悲嘆から希望の前兆までを歌った、まさに今の我々の姿を表しているかのような傑作に仕上がっている。

「この奇妙な時代に、あなたが無事であることを祈っています」「昨日、気分がよくなる曲を聴きました。ずっとカヴァーしたいと思っていたので、試してみました」。

ノラ・ジョーンズがガンズ・アンド・ローゼズのスロー曲「Patience」(=忍耐)を自宅でピアノを弾きながら歌い、そんなメッセージに#livefromhome #stayhomeなどのハッシュタグを付けてSNSに投稿したのは3月20日のこと。新型コロナウイルス感染症拡大の対策として米ニューヨーク州でシェルター・イン・プレイス令が出ていたときだった(屋内避難勧告。その後、22日にロックダウンに至った)。

それ以降、ノラは自宅からピアノまたはギター弾き語りの映像に何らかのメッセージを添えて度々SNSに投稿。親友サーシャ・ダブソンの誕生日には彼女と一緒にやっているプスンブーツのアルバム用に書いた「It’s Not Easy」をエレクリックギターで弾き語り、亡き父親ラヴィ・シャンカールの誕生日にはラヴィ作曲の「I Am Missing You」をピアノで弾き語った。

また、敬愛するウィリー・ネルソンの誕生日には「あなたは私の人生に喜びをもたらしてくれたし、あなたの曲は故郷のように感じます。音楽をありがとう」というメッセージを添えて、お祝いのピアノ弾き語り映像をアップ。ミネアポリスでジョージ・フロイド死亡事件が起きた翌週には、「私は今日の音楽をジョージ・フロイドさんの家族と、権力者の手によって不当に亡くなった人々の家族全員に捧げます」と添えてデューク・エリントン「アフリカの花」などをパフォーマンスした映像をアップした。

Photo : Clay Patrick McBride

外出自粛が続いたこの2~3ヵ月の間に、ノラはこうした弾き語り映像のほかにもいろいろ届けてくれたし、それは今も続いている。4月末には「つなぎとめていたい ずっと繋がりを持ったままで そう、私たちらしく 静かに」と歌われる曲「トライン・トゥ・キープ・イット・トゥギャザー」を配信リリース。これは新作の『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』にボーナストラックとして収録された曲だが、アルバムが出るのを待たずにメッセージを届けたいという本人の思いから急遽先行でリリースされたものだ(そのMVは、ソーシャル・ディスタンスを保つためにカメラマンを入れず、一台のカメラのみを使用して自宅で撮影された)。

また、5月にはブルーノート・レコーズの後輩にあたるシンガー、キャンディス・スプリングスとインスタ・ライブ・チャットを行ない、両者のファンたちを和ませたりもした。

そのようにノラはこの期間、数週間毎ではなく数日おきの頻度でかなりまめに曲や映像をアップ。農家のおばさんが採れたての野菜をすぐに送ってくれるように音楽を届けてくれている。彼女くらいのメジャーのアーティストで、これほどの頻度でここまで自主的かつ柔軟に(日常的に)音楽を届けてくれている人は、ほかにはなかなか見当たらない。

そんなノラ・ジョーンズが6月12日に全世界で発売した『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』は、まさに今聴くべき作品だ。

Photo : Diane Russo

1曲目「ハウ・アイ・ウィープ」で、ノラは「失ったもののために泣いている」と歌い、「地球は回らないし、勝てそうもないね」とも歌う。アルバム開始早々、このように失意を伝えてくる。3曲目「ハーツ・トゥ・ビー・アローン」では「ひとりでいるのはつらい すごくつらいこと」と歌い、4曲目「ハートブロークン・デイ・アフター」では「深く傷ついた次の日は、世界がダメになっていく 向き合うのはつらいことだね」と歌う。そして6曲目「ディス・ライフ」では、「私たちが知ってるこの人生 この、すべて それは全部終わる」と歌う。コロナ禍の世界に、こうした失意と悲嘆のフレーズが実にリアルかつ痛切に胸に響いてくる。それはもう、恐ろしいほどに。

もちろんこういう世界になってからノラはこれらの曲を書いたわけではない。実はこのアルバム、昨年4月に発表したミニアルバム『ビギン・アゲイン』を制作していた頃に書いた曲群のアウトテイクが進化して奇跡的にひとつにまとまったものなのだ。にも拘わらず、まるでこのコロナ禍の世界における悲嘆を歌にしているように思えてしまう。迫りくる危険を予知して、それを知らせるように先に声をあげることを「炭鉱のカナリア」と言うが、ノラも炭鉱のカナリア的なシンガー・ソングライターじゃないかと、この作品を聴いて思う。

アルバムタイトル『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』は「私を床から引き起こして」という意味であり、ノラは「ここ数年、この国、この世界に生きてきて、どこかに“私を引き起こして”という感覚があったのだと思う。立ち上がり、この混乱から抜け出して、どうにかしたいという思いが」とそのタイトルを付けた理由を話しているが、“この混乱”というのもまさに現在の世界のそれのことに思えてしまうのだ。

但し、ノラはこのアルバムで、ただただ失意や混乱や悲嘆や諦念を歌っているばかりではない。アナログ盤ではA面の最後の曲となる「ディス・ライフ」で「私たちが知ってるこの人生 この、すべて それは全部終わる」と歌っているが、ひっくり返してB面の最初の曲となる「トゥ・リヴ」では「この瞬間を生きて ついに自由になる」と歌い、続く「アイム・アライヴ」では「でも私は生きている 生きている」と歌うのだ。そして10曲目「スタンブル・オン・マイ・ウェイ」では、いつまでも続くと思われていた暗い夜が明けて光が射す感覚を表現し、「ただ微笑むだけ もう帰ってこない日を思う」と歌われる本編最後の「ヘヴン・アバヴ」で、辿り着いたその場所がとても穏やかであることを感じさせるのである。

つまり、アナログ盤のA面にあたる6曲目までは絶望して立てずにいるようだが、B面にあたる7曲目からは希望の前兆を歌っている。

いつか、きっと、暗い夜が明けて、我々は穏やかな場所に辿り着けるはず。そんな気持ちにさせてくれる、美しき傑作だ。

ノラ・ジョーンズ『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』(ユニバーサル ミュージックより発売中)

文=内本順一(音楽ライター)

(ENGINEWEBオリジナル)

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