サンダーキャット。ヒーローもののアニメに出てきそうな名前だし、左の写真の通り強烈にキャラが立ったミュージシャンだ。
西海岸の現代ジャズ~ブラックミュージック・シーンを牽引するこの男は、そもそも超絶技巧を持ったベーシストとして存在感を示していた。
キャリア初期にはスラッシュ・メタル系のバンドに在籍していたが、2000年代半ばからはジャズ・サックス奏者カマシ・ワシントンらとのバンドで動いたり、R&B歌手エリカ・バドゥのバンドに参加したり。
そして10年代に入ると電子音楽の異才フライング・ロータスやラッパーのケンドリック・ラマーの作品に参加し、演奏だけでなくプロデュースや作曲でも個性を発揮。つまり初めから一貫してジャンルやスタイルにとらわれない動きをしてきたわけだ。
そんな彼の評価が決定的になったのが、2017年発表のソロ3作目『ドランク』。沼から半分顔を出したジャケット写真もインパクトがあったこの作品で、彼はユーモアのある歌詞を書いて自分で歌い、それまでのオルタナティブなイメージを覆した。
80年代のスター、マイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスを招いたAOR曲の完成度も非常に高く、幅広いリスナーから愛されるようになったのだ。
3年ぶりの新作『イット・イズ・ホワット・イット・イズ』もその『ドランク』に続いて彼が歌詞を書き、豪華で多彩なゲストを招きながらも、自身のソフトな歌声をしっかり聴かせる作りになっている。
もちろん縦横無尽でいてキメの細かなベースの面白さも味わえるが、それよりも歌詞と歌、つまりシンガー・ソングライターとしての個性をより強く打ち出すことに注力した作品と言えるだろう。
引き続きAOR的な感触もあり、クルマで聴くのも合いそうな洗練されたクロスオーヴァー作品とも言えるが、ただ前作に比べて歌詞とムードはやや内省的。「このアルバムで表現しているのは、愛、喪失、人生、それに伴う浮き沈みだ」と彼はコメントしている。
とっつきやすさもありながら、実際は高度なテクを持つ彼とゲストプレイヤーたちが隙なくアンサンブルを組みあげているので、メロディも歌詞も聴き返すほどに深みが出てくるという、そんな中毒性を有したアルバムだ。
文=内本順一(音楽ライター)
(ENGINE2020年6月号)
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