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CAR 2020.7.18 

「ポルシェをデザインする仕事」第12回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

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知遇を得たカー・デザイナーの畑山一郎氏のすすめで、アメリカへ行ってアートセンターを目指すことを決意した山下氏。しかし、入学までにはまだまだ高いハードルがあった。

アートセンター入学の直前の1989年に発表された、ポルシェ・パナメリカーナ・コンセプト。デザインしたのはスティーブ・マーケット。いまだ現役のイギリス人デザイナー。あまりの大胆さに衝撃を覚えた。このフェンダーにあこがれていろいろスケッチしたものだ。むき出しのタイヤ、ダブルバブル・キャビン、ピンクのジッパーなど、何もかもがドイツっぽくなくていい。ポルシェのワッペンを模したタイヤトレッドも興味深い。

第12回「アートセンター入学まで」

いったん決断すると、そこからは具体的な準備である。会社に退職意志の報告。仕事の引き継ぎ、引越し の準備、渡航手配とすることはいくらでもある。アメリカ行きを決めアートセンターを目指すと言っても、まだまだ越えるべきハードルは高い。

まず何と言っても英語である。アメリカの大学に行きたい外国人は、英語能力テストTOEFLのスコアが必要になる。アートセンターが求めるスコアは550点。今とは計算方法が違うから何とも言えないが、当時のUCLAの入学必要スコアと同じだったのだから、そう容易な点数ではない。

学生時代に英語と言えば赤点であった私からすれば、それは雲の上にかすんで見えるほど高いものだった。日本でTOEFLのスコアを取ってから渡米する選択肢もあったが、私はとにかく行ってしまえと思い、近くの本屋さんで海外英語留学の情報が載っている雑誌などを買い集めて、アメリカ中の英語学校を探すことにした。そしていろいろと迷った挙げ句、やはりカリフォルニアがいいという結論になった。でも、サンフランシスコやロスは日本人が多そうだし、かといってサクラメントやフレズノといった内陸に行くのもなんだしなあと考えて、最終的に決めたのがオークランド。サンフランシスコからベイブリッジを 渡った対岸にある街である。

決め手となったのは、カー・スタイリング別冊の特集号に載っていた現ザガートのデザイナー、原田則彦 さんの記事であった。それには日本を含め海外でカーデザインを学ぶ為の方法や必要な費用など事細かに説明してあり大変参考になった。

原田さんも日本を脱出し英語を学んだ上アートセンターに入学した一人で、彼の体験記はとても興味深く読ませていただいた。彼が英語を学んだELSオークランド校は、日本人もそんなに多くなさそうだし(結果的にそうでもなかったが)、大学のキャンパス内にあって英語を学ぶには最高の環境のように思えた。ちなみにこの英語学校のある大学、Holy Names collegeはソフトバンクの社長の孫正義さんも通ったことがあるらしい(ウィキペディア情報です)。

ところが、そこからがまた大変であった。今のようにインターネットやeメールのない時代、学校への問 い合わせ、入学申し込み、入学許可申請などすべて手紙での手続きとなる。つたない英語で書いた書類をワープロ(!)で打ち出し、英語のできる友人に添削してもらい(先月書いたデザイナーの畑山さんにもしょっちゅうお願いした)、学校と郵便でやり取りし、もらった入学許可証を持って今度は虎ノ門のアメリカ大使館に行き学生ビザの申請と、今となってはよくそんな面倒なことをやったなあと我ながら感心する。すべての手配と雑用を終えてアメリカ行きの飛行機に乗り込んだのは、8月も終わりに近い残暑の日であった。

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