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CAR 2020.7.11 

「ポルシェをデザインする仕事」第11回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

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23歳の山下氏は初めて行った西ドイツで、一人の日本人カー・デザイナーと出会った。 BMWの名車Z1を手がけた畑山一郎氏。その出会いが、山下氏の人生を大きく変えることになる。

自動車デザインへの憧れの原点とも言えるコルベット・インディ・コンセプト。1986年に発表されたこのコンセプト・カーは私と同世代の学生にとっての憧れの的であった。流れるようなボディ・ライン、しなやかでモダンな面の表情、オーバルなキャビン、フューチャリスティックなインテリアなど、あの頃のGMのデザイン力を見せつけてくれる。

第11回「私の人生を変えたカー・デザイナー」

人は初めて訪れた国に惹かれ、やがてそこへ戻って行く--。どこで聞いた格言かことわざかは忘れたが、いま自分がここドイツで仕事に就き、生活していることを考えれば、あながち外れてはいないようだ。

私が人生で初めて訪れた外国は統一される前の西ドイツ、1984年、弱冠23歳の時だった。高校卒業後、立体のデザインをしてみたいと思ってデザイン学校に入学。そこを卒業した後、就職した会社の海外研修という名目でハノーバー・メッセという当時のドイツで一番大きな見本市に参加する機会を得た。

初めてパスポートを取得し(今のそれより1.5倍くらい大きかった)、巨大なスーツケースを借りて向かった成田国際空港。乗り込んだ飛行機の座席は数多くの外国人で埋まっており、まだ離陸もしない内から、すでに海外の一都市にいるような錯覚を覚えたものである。選んだ喫煙席に座り(そう、まだあの頃は機内でタバコが吸えたのだ!)、2ドルでヘッドフォンを買って(なんと有料!)、いざ離陸。

あの頃の欧州行きの飛行機はまだロシア上空を飛べなくてアメリカのアンカレッジを経由し、今よりずっと飛行時間が長かった。アンカレッジまで約7時間。燃料補給の間に降りたアンカレッジ空港は、夜中だというのにお土産物屋やレストランが営業しており、多くの旅行者を 飲み込んでいた。ボーッと空港内を歩いていると片隅にシロクマの大きな剥製が置いてあったのを思い出す。再び飛行機に乗り込み眠気も疲れも最高潮に達した頃、目的地のハンブルグ空港に到着した。

初めて見るドイツの街並みは赤いとんがり屋根の家々が整然と並んで、とても可愛らしく見えた。駐車場に停められていた日本では見慣れたホンダ・プレリュードも、まるで「私、生まれは欧米ですのよ、オホホホホ」とでも言い出しそうなくらいモダンな佇まいを見せていた。

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