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CAR 2020.2.16 

【ガレージ取材】アルファ・ロメオ・ジュリア、ロータス・エラン&MGB ピカピカに磨かれたスポーツカーに囲まれる

最初に買った愛車のミニでクルマを愛でる楽しさ、イジる楽しさを知った上島隆弘さん。今では、ピカピカに磨き上げられたアルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTAと、ロータス・エラン&MGBというイタリアとイギリスの名車3台、イタリアが誇るビンージ・ドゥカティ、そして趣味を楽しむ気の合う仲間と共に、充実したクルマ生活を送っている。

訪れたご自宅で、まず目に飛び込んできたのは、4台のクラシック・ドゥカティたちだった。

現在は美しくレストアされた1964年型のドゥカティ・マッハ1(手前)、65年型のノン・レストアのマッハ1(奥)、さらに66年式の250スクランブラーとアメリカ仕様のマッハ1の4台が納められている。「昔は750Sや750F1を持っていたんですが、今は車検のない気楽なモデルがいいかなって」と上島さんは言うが、どれも素晴らしいコンディションを誇る珠玉のドゥカティ・コレクションである。

綺麗に手入れ(すべてご自身でさ れているそう!)された広い庭の一角に建てられた木製のガレージでコレクションしているのは、1964年に登場したスポーツ・モデル、マッハ1に代表される4台の250シングル・モデルたち。なかでも1965年式のマッハ1は当時のままノン・レストアで維持された素晴らしいコンディションだ。

そのほかにコルナゴ、デローザやモールトンなどの自転車も置かれたガレージは、4台のドゥカティを並べておくには、良い感じの余裕がある大きさ。聞けば、元々はわずか1年あまりで手放してしまったフィアット・アバルト850TCのために用意したスペースなのだという。

美しく手入れされた庭にある別棟のウッド・ガレージは、以前所有していたアバルト850TC専用に建てられたもの。

ではクルマは? というと、それは家屋にビルトインされた広々としたガレージに並んで停まっていた。

上島さんの愛車は1960年代のツーリングカー・レースを席巻した、アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTAと、ロータス・エランS2、そしてMGBの3台、ホモロゲーション・モデルであるGTAはもちろんのこと、エランもMGBも当時のコンペティションに倣ったモディファイが施されている。

小学生の頃は折からのスーパーカー・ブームもあり、”カウンタック”や”フェラーリ365GT4BB”などのイタリアン・スーパーカーがアイドルだったという上島さんだが、免許を取得して最初に買ったのは10インチ・タイヤを履いたミニ1000だった。そこで地元のショップが主催するジムカーナなどに参加するようになったのが、ひとつのターニングポイントになったという。

「クルマを愛でる楽しさ、イジる楽しさを知ったという感じですね。そして同じ趣味をもつ人々と知り合い、横の繋がりが広がった。今でも精神年齢はあの頃のままです」そう言って上島さんは笑う。実は新谷さんとはその頃からエンスーの先輩と後輩の付き合いなのだという。

ミニに5年ほど乗った上島さんは、ロータス・コーティナMk2を経て、「新谷さんが乗っている姿を見て」ロータス・ツインカムを搭載した初期のケータハム・スーパーセブンへ と乗り換える。その後は結婚して子供が生まれたのを契機にグループAホモロゲ・モデルであるフォード・ エスコートRSコスワースを新車で購入し、楽しんでいたそうだ。

憧れのGTAをゲット

そんな上島さんがヒストリックの世界に戻ってきたのは2006年頃のこと。それが今もガレージに納まるGTAだ。「ジュリアなら”段付き”のモデルが好きだったのですが、30年くらい前に浜松でシルバーのGTAを見て以来、いつか欲しいと思っていたんです。しかもできれば1300よりも1600の方がいいって。そうしたら運よく売り物が出た」

上島さんのGTAは、1965年にデリバリーされた1600のジュリア・スプリントGTA。エンジン・ルームまで磨き上げられているが、コッパ・ディ鈴鹿に出場するなど、サーキット走行からツーリングまで積極的に走らせて楽しんでいる。

手に入れてからエンジンとギヤボックスのオーバーホールを行ったほか、ステアリング・ホイール、ミラー、シートなどを換えているというが、リベット留めのリア・オーバー フェンダー、ロールバーなどのモディファイはイギリスにあった頃に当時のオーナーが施したものだ。

「買ったばかりの頃、新谷さんに見せたら試運転と言って、いきなり峠道を全開で走り始めたんですよ。しかもダウンヒルを。さすがにビビリましたね(笑)。サーキットでは1600だと力不足ですけど、ハンドリング的にはニュートラルで乗りやすいですよ」

GTAはA=Alleggerita(軽量化を施した)の名の通り、ジュリア・スプリントGTをベース にフェンダー、ルーフ、ドアなど各部をアルミ化し、新設計のツイン・プラグ・ヘッド、マグ ネシウム合金製のオイルパンなどを組み込んだ1.6ℓDOHCを搭載したホモロゲーション・モデルだ。上島さんのGTAは1965年に50台だけが製造された珍しい右ハンドル仕様のストラダーレ。自らレザーで巻き直したというヘルボーレ・ステアリング、セブリングミラーなど、”ツボ”を押えたモディファイが施されている。

一方、手に入れてから10年ほどに なるロータス・エランには、こんなエピソードが隠されていた。「実はこのクルマ、30年近く前に新谷さんがバラバラのボロボロの状態で手に入れた時に、僕も一緒に引き取りに行っているんですよ。その後、新谷さんの友人がレストアしてお持ちだったのですが、売りたいという話になって、譲っていただきました」

なんとも運命的な話だが、美しく仕上げられた26Rルック(世のエラン・オーナーにとって、ひとつの理想像である)のエランが加わったことで、上島さんの”イタリア車の道”と”ロータスの道”は結実する。

30年前に新谷さんと一緒にバラバラの状態で前のオーナーのところから引き上げ、縁あって10年ほど前に上島さんのガレージに納まったというロータス・エラン。1965年に製造されたシリーズ2ながら、3スポークのレザー・ステアリング、冷却用の穴の開いたホイール、丸型のテール・ライト、シングル・タイプのロールバーなど、エランのコンペティション・バージョンである26Rのディテールを反映したスタイルに仕上げられている。ボディは経年変化で傷みが出たのを期に一度塗り直したそうだが、ドアの建て付けなどコンディションはすこぶる良い。

ところが、最近になっていわゆるMk1と呼ばれる初期のMGBが加わった理由を上島さんはこう話す。「エランではストレートで吹け切ってしまうし、GTAは力不足。なので、気楽にサーキットを楽しめるクルマが欲しいと思って......」

このMGBは新谷さんから譲り受けたもので、その前のオーナーが2007年に富士スピードウェイで行われた"ル・マン・クラシック・ジャパン"でクラス3レース1優勝を果たしたヒストリーを持っている。

英国車のパーツ・サプライヤーとして知られるモス・モータースのニュー・ボディを使ってレストアされ ているこのMGBは、新谷さんのもとで電気系を一新したこともあって、上島さんのもとに来てからも絶好調の状態にある。

プレクシのライト・カバーがついた赤いボディ、白いハードトップなど、サーキットやラリーで活躍したBMCコンペティション・デパートメントのワークスカーの定番スタイルに仕立てられたMGB・Mk I。モス・モータースのニュー・ボディを使いレストアされ、しっかりとしたロールケージが組まれるなど、サーキット走行にはうってつけの1台である。SUツインを組み合わせた1.8ℓの直4OHVのBMC・Bタイプ・ユニットはMDIで点火系を強化している。
エランの横の棚にも、BWAアルミ・ホイールやウェーバー・ キャブレター、ヘルボーレ・ステアリングなど GTA所縁の品が美しくディスプレイされているのだが、万が一の時に倒れたりしないように、見えないところでしっかりと固定されているあたりにも、上島さんの几帳面な性格がうかがえる。

まずはステアリングから!?

個人的にこの3台(とバイク)に負けず劣らず魅力的だったのが、上島さんのガレージだ。元々、お父様のクルマを入れてあった普通の”車庫”の照明を蛍光灯からLEDのスポット・ライトに換えた以外、壁も床の塗装もそのままというが、その雰囲気が実に良い。

今回は撮影のために無理を言って向きを変えてもらったが、普段は排出ガスがガレージに篭らないようにエランもGTAもリアを出口に向けて停められている。エアコンも完備されたガレージの奥のデスクに腰掛けて、この2台が並ぶ光景を眺めるのは、エンスー冥利に尽きるひと時であるに違いない。ちなみに、壁にかけられたレスレストンとアルファのホイールキャップには、遊び心で時計のムーブが仕込まれていた。

「特にメンテナンスとかはやらないです。自分でやってもろくなことはないので、プロに任せるのが一番。掃除もただ水拭きしているだけですよ」そう謙遜するが、それぞれのクルマのコンディションを見れば、上島さんがいかに愛情をかけ、接しているかがうかがえるというものだ。

そしてもうひとつこのガレージで目に止まったのが、綺麗にディスプレイされたメモラビリアの数々だ。中でも壁一面にずらりと飾られたヘルボーレのステアリング・コレクションは圧巻のひと言である。

ガレージの壁に華を添えているクラシック・ス テアリングのコレクション。

「年式とかは、はっきりと分かりませんが、GTAとイノチェンティ・ミニのモノですね。実はクルマが欲しくなると、先ずそのクルマに付いてるステアリングを買う癖がありまして(笑)。ステアリングを買うといつか本物が手に入るジンクスがあるような気がするんです。今、GTAに付けているのもフリマで5000円くらいで見つけてきて、革を巻き直したモノなんですよ」

そこで気になったのは、ヘルボーレ・コレクションの反対側にキャバリーノ・ランパンテのついたクラシック・ナルディも飾られていたこと。

「古いナルディはフェラーリが欲しくて買ったモノだけど、今はフェラーリよりもう一度アバルトが欲しい。シムカ・アバルトは憧れですね。でも、もう増やすのは止めようと思っていますよ。キリがないから(笑)」

そんな話で盛り上がっている時に気づいたことがある。GTAもエランもナンバープレートの数字が”1965”なのだ。そういえばドゥカティのコレクションも1964年、年式だったし、MGBのナンバーも”65”だ!

「特に意識したわけではないのですが、好きなモノを集めたら同じ年代だった。僕にとって”1965年”はゴールデン・イヤーなんです」イタリアとイギリス、2輪と4輪が共存しながらも、上島さんのコレクションに統一感が感じられるのは、そんな理由もあるのだろう。

文=藤原よしお 写真=望月浩彦

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