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PLAYING 2020.3.15 

【ENGINE・ハウス】絶景を楽しむ「石と木」のモダン住宅 ガレージには1993型のポルシェ911(1996年型)とジープ・ラングラー(2016年型)

父親が和風住宅を建てようと思って眠っていた丘の上の土地。施主の松尾さんはその場所に「石と木」のモダンな住宅を建てた。屋外からでも屋内からでも"絶景"が望める贅沢な建築は素晴らしい。

断っておくが、向こうに見えるのは、レストランでもショップでもない。石積みを入れると幅40mのサイズだが、れっきとした住宅だ。普段から松尾茂樹さん(会社経営・54歳)は、ここで生活をしている。この家があるのは、北九州市の丘の上。かつて父親が和風住宅を建てようとした土地だ。付近は大きな木々が茂る。時には野兎やキツネが現れ、猪に庭が荒らされることも。そんな自然豊かな場所だが、ここから徒歩で数分下ると、チェーン店が幾つも並ぶ典型的な郊外の幹線道路に突き当たる。丘の上は、別世界なのだ。

2階テラスを支える石積みに用いられた石は、敷地内にあるものの中でも小さな方。

さらに驚いたのは、この丘から松尾家の所有する島(共同所有で少し持っているだけと謙遜する)が、遠くの湾に浮かんでいるのが見えること。正式な名前もあるが、その形から地元で「ひょうたん島」と呼ばれている無人島だ。島を持っているだけでも凄いが、それを眺めることができる土地も所有しているとは。どこか別の国の話のようだ。

そんな絶景の地に、家を建てたいと思うのは当然だろう。父親はその時のため、年月をかけて巨大な石や原木をスライスした厚板を集めていた。大きな石は、重さが50トン近くも。そんな巨石が、敷地にゴロゴロしているのである。庭というより、古代遺跡の雰囲気だ。この放置されていた巨石や、厚板をカットした荒々しい風合いの木材(「古材」と呼んだ方が適当か)が松尾邸には使われている。外壁に留め付けされた古材は、竣工後5年を経て、さらにいい具合に経年変化していた。

松尾邸があるのは、木々が生い茂った丘の上。当初家の周囲には芝生を植えたが、猪に大部分を掘り返されてしまい、砂利を敷いて対応することに。結果、より非現実的な雰囲気を強調することとなった。家の東南側は全面ガラス張り。ポルシェの奥の室外機置場も、壁と同じように古材で覆われている。

ガレージは建物の下に2台分ある。愛車は15年乗っている993型のポルシェ911(1996年型)とジープ・ラングラー(2016年型)。スーパーカー世代の松尾さんにとって、ポルシェは憧れの存在だ。山口百恵の歌や、ロバート・レッドフォードが乗っていた映画「スパイゲーム」からも影響を受けた。だが何より、仲の良い友人が持っていたのが大きかった。実は、長年一緒にプライベートの時間を楽しんでいる3人組が居る。みんなクルマ好きだ。結局今は3人とも、993(それぞれタイプは異なる)とジープの2台持になった。たしかにこの2台は、最高の組み合わせのひとつだろう。だがそれ以上に、3人の仲の良さを感じさせるものだ。

もっとも松尾さんの仕事だと、ポルシェに乗る機会は限られる。仕事はもちろん、複数人でのゴルフやプレジャーボートを牽引するにも、活躍するのはジープだ。実はその前の1台もジープ・ラングラーである。今のパネル仕様の屋根のモデルとは異なる幌のタイプで、10年で20万キロも乗った。便利なうえにデザインも気に入っており、できればもっと乗りたかったが、調子が悪くなりそれ以上は諦めた。

隈さんの建築に惹かれて

意外だったのは、松尾さんが家ではなく、最初はレストランを作ることを考えていたこと。勉強のためによく訪れたのが、関門海峡を渡った山口県にあるスペイン・レストラン「ソル・ポニエンテ」だ。海に沈む太陽を眺めるため3面がガラス張りになった、夕陽を店名とした店である。そこから歩いて数分の距離の、きららガラス未来館もお気に入りの建築だ。どちらも設計は、隈研吾建築都市設計事務所が行っている。

ところが土地はあるのに父親がなかなか家を建てない。そこで、レストランではなく自邸を建てることに計画変更となったのである。設計者について、隈事務所と接点のあるきららガラス未来館のガラス作家、西川慎さんに相談したところ、相応しい人物として紹介されたのが、この二つの建物を担当した白浜誠さんだ。コンタクトした時分は、隈さんの右腕的な存在。人物としても魅力的なうえ、事務所の中でも、外部の仕事を請け負うことができる立場だ。そのような経緯で、大御所の隈さんではなく、白浜さんに自宅の設計を依頼したのである。

友人が訪れた時は、自ら料理をしてもてなすことも。キッチンもオリジナルデザインで、松尾邸の1階と2階のずれた意匠がモチーフとなっている。大きな円卓に椅子は4脚のみと余裕のある空間。壁に掛けられた作品は、建て主が購入した村井正誠のもの。東京上野毛にある同氏の美術館は、白浜さんが設計担当した。
屋内の壁面にも、屋外と同様にラフに古材が留め付けされている。しかも古材と古材の間のスペースから、奥の壁に付けられた照明スイッチ等を操作できる仕組み。機器が表に出ない工夫だ。家の中で1本だけ黄色い板が貼られているのは、白浜さんを紹介したガラス作家、西川慎さんの作品。

ひょうたん島が見える家

左奥に見える無人島のひょうたん島。

さて、松尾さんが自邸に求めたものは、シンプルでモダン、そしてカッコイイこと。あまりモノを置かない、ミニマルな空間が好みである。そして何より、ひょうたん島が見える家を希望した。完成した家は、窓の無い道路側とは対照的に、島を望む側は全面ガラス張り。1階のリビングや、ダイニングキッチンの目の前には森の緑が広がっており、遠くの丘と丘の間にひょうたん島が少し見える。2階の、窓を全開にできるバスルームからの眺めも気持ちよい。だが、この島を眺めるために建築家が計画したのは、2階の18mもあるウッド・テラスだ。ここからの景色は下の階のものとは段違い。よりはっきりと島が見える。さらに、手すりの無い360度開けた屋外スペースの解放感は圧巻だ。それに続くガラス張りのラウンジは、全天候型の展望室といった位置づけ。季節を問わず、絶景を楽しめる。

玄関は、水盤左手の古材が留め付けされた引き戸を左に動かすと現れる。
圧倒的な開放感の2階のテラス。その先端にはファイヤープレートが設けてある。
2階の寝室もガラス張りだが、朝は明るすぎるので普段はカーテンを閉めて就寝。
バスタブの横の窓も開放することが可能。ただし、昆虫の多い季節は要注意。
2階のラウンジからの眺めも素晴らしい。

それにしても、松尾邸の美意識は圧倒的だ。手入れもまめに行っているのだろう。竣工5年にも拘わらず、室内は美しいまま保たれている。しかも、ミニマルな空間にはモノが無い。いや、正確に言えば、生活感を感じるものは、目の届かない所に収納されている。逆に家には驚くような仕掛けが待っていた。例えば、最初に訪れた人間は、一体どこが玄関か分からないだろう。しかも家に入っても外国の家のようで、たたきなどは存在しない。そのうえ、下駄箱らしきものも見当たらないのだ。置かれた家具は全て白浜さんのデザインで、背の高いものは皆無。まさかソファー横のサイドテーブルの中が下駄箱とは、想像すらしなかった。

玄関扉もガラス製の引き戸で、たたきに相当する場所は存在しない。ソファー脇のサイドテーブルは、靴箱を兼ねたもの。リビングの天井は、構造を見せたむき出しの仕上げ。

松尾邸のように、ガラスと鉄を多用したモダンでミニマルな建築は数多い。しかし巨石と古材という荒々しい自然素材を使用しているため、独特の雰囲気が生まれている。しかも、とりたてて高価な素材を使っている訳でもないのに、「特別な家に招かれている」という不思議な高揚感があるのだ。それには、絶景が大きく関係しているように思う。人工的でミニマルな空間と自然が作った風景が、ガラス一枚隔てて接していることで、それぞれの魅力が、数倍に感じられるのではなかろうか。それが建築の力であり、絶景の力だ。その意味でこの家は、特別である。これが本当の贅沢空間だろう。

■建築家:白浜誠 1974年東京生まれ 早稲田大学大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所に入所。この記事で紹介したソル・ポニエンテ、きららガラス未来館、村井正誠記念美術館は、若いころの作品。同事務所統括設計事務所室長を経て、独立。個人邸から別荘、商業施設などの建築から、家具や照明のデザインまで手掛ける。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

(ENGINE2020年3月号)

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