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CULTURE 2019.11.9 

平安の雅と令和のモダニズムが21世紀の東京で融合 The Okura Tokyoの魅力

2015年、閉館・建替えの発表には世界中から反対の声が寄せられた。 だが、月日を経てThe Okura Tokyoとして生まれ変わったホテルには創業者が見出した〝真の日本〞のDNAが見事に継承されている。

代名詞でもあった「オークラロビー」はオ ークラプレステージタワーに再現。ラウンジはなく、くつろぎのスペースとして宿泊客以外でも利用できることは変わらない。 わずかな高低差の階段や中央の階段がレセプションとの結界をつくっている。

海外のものを取り入れ、それを洗練させることにおいて、日本は特に優れていると言われる。先代は隋や唐の中国、朝鮮との交流、明治以降は欧米の文化を取り入れることで進化した。これは否めない事実だが、充分ではない。

単に物真似ではなく、それを煮詰め、日本の風土、日本人の気質に合わせて成熟させる動きが欠かせなかった。日本美術史において、そうしたエポックメイキングといわれるのが平安時代の中期から後期にかけての 藤原文化。遣唐使の廃止により、大陸の影響から脱し、過剰な装飾を排して典雅な作風をつくり上げた。その後も外来文化の影響はあったものの、この時代が「和風」のプロトタイプになったといえる。

以前と同じく、古墳時代の切子玉がモチーフのオークラ・ランターンがロビーを照らしている。すべてLEDになったが、金糸や麻紐が挟み込まれたプレートはそのまま。
ロビーの開口部には麻の葉文様の美術組子も再現。釘や接着剤は使っていない。
伝統的な菱形羊歯の文様は日本料理「山里」正面の屏風に。濃淡の配色が絶妙。

1962年のホテルオークラ東京の開業にあたり、創業者の大倉喜七郎、社長の野田岩次郎のイメージソースとなったのが、 まさにこの藤原文化だった。まだ戦争の爪痕が残る東京で、欧米の模倣ではなく、理想的な日本らしさを求めたことは慧眼といっていいだろう。

それに応えたのが名建築家の谷口吉郎。華美より侘び寂びを底流とする優美なデザイン設計に挑んだ。 結果として採用されたのが銀杏、菱、麻の葉、亀甲などの文様。どれも平面的ながら、高度に抽象化された幾何学性がもうひとつのコンセプトであるモダニズムと見事 にシンクロしたからだ。こうした意匠はロビーや階段スペースなどの随所に配され、唯一無二の心地よい空間を生み出した。

左手前が17F建てのオークラ ヘリテージウイングで、正面奥が宴会場やフィットネス&スパもあ るオークラ プレステージタワー。中央の水盤が静謐さを醸し出す。大倉集古館は6.5m移動。

この9月、4年の休業を経て、ホテルオークラ東京は「The Okura Tokyo(ジ・ オークラ・トーキョー)」として生まれ変わった。空前の開業ラッシュを迎えた東京のホテル事情に合わせてインフラを アップデートしながら、創業時のコンセプトを見事に継承している。

オークラ・ランターン、竹の葉シルエットの障子など、特に評価の高かったロビーは念入りな修復のうえに再現されたほか、代表的な意匠はそのまま、あるいは場所を変えて設置され、オールドファンには眼福、若い世代には新鮮な驚きを与えている。

文化において、進化と深化は比例する。 東京を代表する顔のひとつとして、安易なツーリスト・ポピュリズムに陥ることのなかった名門ホテルの復活は、その好例といえるだろう。

和を感じさせるヘリテージのスイート。

問い合わせ=The Okura Tokyo Tel.03-3582-0111(代)
https://theokuratokyo.jp

文=酒向充英(KATANA)

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