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CAR 2019.10.15 

カッシーノ、トリノ、ミラノ、モンツァ。ENGINEサイトーの アルファ・ロメオを巡る旅。/前編

アルファ・ロメオの今を知るための旅へのお誘いを受けた。なんと 、ジュリアとステルヴィオを作る最新鋭工場も見られるという。僕は一も二もなくうなずいて、まずはローマへと向かったのだった 。

ムゼオ・アルファ・ロメオの中庭にて。この建物 は歴史遺産に指定されていて、主要構造物の保持が義務付けられている。側壁の赤い巨大なチューブは、博物館のリニューアル時に設けられたエスカレーターを覆うものだ。ジュリア・ ヴェローチェQ4とステルヴィオ・ディーゼルがトリノとミラノでの脚だった。

「本物のアルファ・ロメオはアレー ゼで作っていた時代までだ」と言う人がいれば、「いやいやポルテッロ 時代までだ」という人もいる。かと思えば、「何を言うか、本物は戦前の高級車とレーシング・スポーツカ ーを作っていた時代までだ」という堅物もいたりして、クルマ好きの間でアルファ・ロメオの話となると、 紛糾することはちっとも珍しくない。  

その優れた軽合金冶金技術や内燃機関の設計開発能力が買われて第二次世界大戦前、国の管理下に入ったアルファ・ロメオは、終戦後、産業復興公社管理下となり、事実上の国営状態が長く続いた。量産実用車の生産にシフトしたアルファ・ロメオ は、そのなかで、ジュリエッタ系、ジュリア系、アルフェッタ系と数々の名車を残し、それらは今も語り継がれ、大切にされている。

国策によって南イタリアに工業を、ということで生まれたアルファ・スッドも、当時の前輪駆動車としては画期的にスポーティなハンドリングを実現して、スポーツ・ドライビングを好むエンスージアストに愛されたものだ。 

そんな戦後を生きたアルファ・ロメオが国の管理下を離れ、フィアットの傘下に入ったのは1980年代後半のこと。すでにランチアを合併 吸収していたフィアット主導で主要モデルの前輪駆動化を断行することになったアルファ・ロメオは、164に続いて155や145を生み出し、アルフェッタ以来のFRトランスアクスル・レイアウトで生き長らえていた状態に終止符を打った。以来、新型車はすべて前輪駆動。

マセラティとフェラーリの技術転用で生 み出された8Cや、ダラーラのCFRP技術の助けを借りた4Cなどといった少量生産モデルでこそ後輪駆動モデルを復活させはしたが、主要モデルは常に、フィアットのプラットフォーム先ずありきの状況に置かれ続けた。つまり、前輪駆動である。  

ランチアの時もそうだったが、アルファ・ロメオを傘下に収めた後も、フィアットは強引に飲み込み吸収しようとするのではなく、旧ランチア籍、旧アルファ・ロメオ籍の人員が自然減していくのを緩やかに待つ併合方法を取った。それがイタリア流のやり方なのだろう。

しかし、合併から30年近い時が流れ、その間にはマセラティやクライスラーをも併合してFCA=フィアット・クライスラー・オートモビルズという大西洋の東と西を股にかける巨大自動車メーカーとなり、組織上、もはやランチアもアルファ・ロメオもない。

自動車産業界では炭酸ガス排出量削減を旗印に電動化を筆頭とする代替燃料車の開発が急ピッチで進み、 IT系巨大企業をも巻き込んでの自動運転車開発も同時進行している。そういう激変期のさなかに、FCAの指揮を執ったのが1年ほど前に亡くなったセルジオ・マルキオンネだ。

 旧弊に囚われることのないマルキオンネは断固とした態度で組織の再構築、再編成を行い、それまでの旧いフィアット流のしがらみのなかでは決して実現しようのないプロジェクトを夢物語で終わらせずに、現実のものとしてみせた。彼がいなければ、トレピウーノ・コンセプトがポーランド工場を最新鋭化して新型500として世に出ることはなっただろうし、アルファ・ロメオ・ブランドの再興も今あるようなかたちでは起きえなかっただろう。

FCAグループの持てる力を最大限に発揮して、 アルファ・ロメオの栄光を取り戻し、プレミアム・リーグで我が物顔に幅を利かすドイツ勢に真っ向勝負を挑むなどという夢物語は実現しなかったはずだ。

しかし、手持ちにない後輪駆動プラットフォームを新規に起こすという夢はジョルジオ・プロジェクトとして現実のものとなり、そこから誕生したのが、新生ジュリアであり、ステルヴィオであるわけだ。

アルファの全歴史をアルファ・ロメオ博物館で堪能する。

アレーゼにあるムゼオ・アルファ・ロメオはリニューアル直後に詳しく現地取材してお伝えしたのをご記憶の方もいると思う。マルチメディアやアミューズメント・コーナーまで取り込んだ、現代流の素晴らしいクルマ博物館である。時代の変遷を追っての展示を前にすると、思わず息を飲んでしまう。70〜80年代のF1の記憶が蘇る。

ジュリアの凄さはボディにある

この二枚看板であるジュリアとステルヴィオをポンと目の前に出されると、多くの人はどう判断してよいものか思案しているかのような困惑の入り混じった表情を見せる。とくにジュリアは、あまりにも真っ当な素の中級セダンという素性が、無防備なまでに表明されているからだ。

その衣は時の流行とは無関係なとこにあるし、自動運転化を見据えた最新の運転支援装備やインフォテイメント・システムにも現を抜かしていない。そこにあるのは、強靭かつ軽量なボディに支えられたクラス最良のシャシーを後ろ盾にした麗しい ヴィークル・ダイナミクスと、最先端の仕様設計が施された4気筒のガソリン・エンジンとディーゼル・エンジンによる優れた動力性能とドライビング・ファンだけなのである。  

フェラーリが自らのV8ツインターボをベースに開発し、旧フィアット時代からあるテルモリ・パワートレイン生産工場で作られる超高出力型V6ツインターボ・エンジンを載せたクアドリフォリオは、BMWの M3/4やメルセデスAMGのC63系、あるいはアウディRS5に対抗するトップガンであるが、これは誰もが手にするようなクルマではもとよりない。

ジュリアであってジュリアではないような、いわばスーパースポーツ・セダンだ。このクアドリフォリオの存在を忘れてしまうと、ジュリアには誰にでも分かりやすい飛び道具がないのである。

けれど、じっくり接すると、ドライビング・ファンを希求する好き物には、これを超える後輪駆動中級セダンなどないことが分かる。クアド リフォリオの500を超える高出力を後輪のみで路面に伝えきることを大前提に開発されたジョルジオ・ プラットフォームと、その上に載る無類に強固なボディがすべての後ろ盾となっていることが分かるのだ。(後編へ続く)

■カッシーノ、トリノ、ミラノ、モンツァ。 アルファ・ロメオを巡る旅。後編

文=齋藤浩之(ENGINE編集部) 写真=FCA

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