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PLAYING 2019.5.7 

50代の家づくり。銀色の壁と黄色のアウディを選んだ理由/クルマと暮らす18

初秋の陽射しを受けて銀色に輝くコンクリートの外壁が目を引く坂牛邸。フジツボのような出窓がいくつも飛び出している姿はまるで巨大なアート作品のようだ。

銀色のコンクリート壁は珍しい

「コンクリート造りなのに、壁の色が銀色なのは珍しいようですね。お陰で随分と、建築専門誌の取材を受けたものです」そう話すのは、この家の主である坂牛聡(63歳)さん。母校の校舎と同じ色を、自身で選んだのだとか。職人の手による仕上げは、アルミを貼った金属の壁とは異なる、微妙な表情がある。しかもフジツボのように、大きさが違う出窓がいくつも。巨大なオブジェのような建物だ。

フジツボのような出窓がいくつもある坂牛邸。庇が長い最も大きな出窓は、洗濯物を干すことを想定したもの。横長の窓の奥はリビングダイニング。通りからは内部の様子は分からない。外壁は外断熱の素材を貼った上に、つるつるの銀色の塗装を施してある。
洪水ハザードマップでは浸水想定区域であるため、床面を70㎝上げた。

そして駐車スペースには、黄色のアウディTT(2016年型)が。色と形のコントラストがなんとも美しい。TTを選んだのは、小さなクルマが好きなうえに、デザインだけでなく走りも考慮して。このクルマにアメリカン・フットボールの用具を積んで、毎週練習のグラウンドに出かけるのだ。今も現役のプレーヤーで、アメフト歴は40年を超える。ナンバープレートは、学生の頃の背番号を選んだ。そんな聡さんは、音響関係の仕事が長く、ドライブ中の音にも拘りがある。「もちろんカー・オーディオもそれなりのものを選んで、ストリーミングした音楽を聴いています」。TTの前は3台のBMW3シリーズを乗り継いだ。40歳の時にカリフォルニアに転勤となった際、小学校の頃からの友人が、BMWノースアメリカに勤めていた縁だ。「パワー重視のアメリカ車と違い、運転して楽しくて。クルマが不可欠な町なので、家内はあちらで免許を取得しました。日本に帰ってからは、彼女が運転しやすいようにわざわざ左ハンドルのモデルを手に入れたのですが、杉並の道は狭くて。もう運転しないと言うので、私専用のクルマとしてTTを選びました」。

弟さんが設計

そんな聡さんが家を建てたのは5年前のこと。50代の家づくりだ。「母が他界して、我々が住む家に父が越してきたのですが、同居するには少々手狭で。そこで、新たに家を建てることにしたんです」。そして見つけたのが、雰囲気のある住宅街の、公園に面した土地だ。設計を行ったのは、実弟で高名な建築家の坂牛卓さん。建築界ではよくある話だが、卓さんが親類縁者の家を手掛けるのは、この家が初めて。「高齢の父親のことを思うと、早く家を建てたかった」ので、自ら設計を行ったと話す。そして兄弟で何度も顔を合わせてじっくり話し合った末に完成したのがこの家だ。裏にある川が増水した場合、この場所は浸水する可能性があるので、少し床を上げた構造になった。緩やかな階段を上った先の玄関から、入ってすぐの場所に父親の部屋を。扉一枚を隔てて、専用の手洗いを配した。父親の生活は、全て一階で完結できるようになっている。

通りの向こうに公園が見える横長の出窓は、幅が4.3mもある。外から内部が見えないよう、壁を黒く塗った。奥はキッチン。テーブルとイスは、長く使っているもの。絵の掛かった右手は、お母様の写真が飾られたスペース。
ロフトが存在するため、平面図からでは間取りを把握するのが困難な、複雑な構造をした坂牛邸。リビングダイニングの半分は吹き抜けとなっており、その空間を囲むように階段が上へと伸びている。金属製の階段手摺は優雅なカーブを描いているが、造りはかなりしっかりしたもの。吹き抜け部分の壁面塗装は、表情のある白。
吹き抜け最上部にはトップライトが設けられており、屋根の形に沿って傾斜がつけてある。幾何学的で、ドラマチックな空間だ。
上の写真の開口部は、写真の次男の部屋のもの。次男の部屋の奥のロフト部分は、長男の部屋の上部のロフトに通じている。

そして吹き抜けを囲むように、聡さん、奥様、そして成人した二人のお子さん用の個室が配されている。それぞれの部屋にロフトがあるのも特徴だ。ロフトは空間に変化を与えるだけでなく、容積に換算されないのがメリット。収納として利用する他、写真の次男の部屋では、梯子で1・6m下がったロフトにベッドを置き、寝室として使っている。さらにそれぞれの個室・ロフトに、吹き抜けに面した開口部を設けた。普段はロール・スクリーンで閉ざされているが、家族の気配を感じられるようにと、卓さんの配慮だ。

家を建てる際の奥様の要望は、二人の子供の部屋を作ること。実はこの家を設計した頃、次男は海外の大学で学んでおり、長男は外国の会社に勤務していた。しかも長男は、一度もこの家に住んだことがない。家族4人が顔を合わせたのは、去年の夏が最後だという。「僕は息子たちにどんどん海外に出ていくように言っていましたので。家内は帰ってきて欲しいようですが」そしてモダンなリビングの一角に、聡さん兄弟が大好きだったお母様の写真を飾るスペースを作った。こうした坂牛さんたちの家づくりの話を聞いて、家は家族が集まる場所であることを改めて認識したものである。年齢を重ねてからの家づくりも、なかなか良いものだ。

■建築家:坂牛卓 1959年東京生まれ。今回の施主の、聡さんの実弟。東京工業大学大学院修了後、日建設計を経て独立。住宅の他に、幼稚園や工場など大・中規模の建築も手掛ける。現在、東京理科大と母校で後進の指導を。かつては早稲田、信州大学で教えていたことも。論文の発表や海外文献の翻訳、講演などの活動も多い。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

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