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PLAYING 2019.4.2 

家も100年時代。ベントレーと横浜・山手のバルセロナ・パビリオン/クルマと暮らす11

築17年と時を経ても、いまなお優雅な家が横浜にある。ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パビリオンのような家という施主の希望をかなえた家は、流行に左右されない存在感があった。

100年経っても色褪せない家

「神は細部に宿る」有名なこの言葉は、近代建築の三大巨匠の一人、ミース・ファン・デル・ローエが好んで使っていたもの。ガラスと大理石と水で構成された代表作のバルセロナ・パビリオンは、1929年の設計にもかかわらず、21世紀の我々が見ても極めて魅力的だ。Fさん(83)は、横浜の山手に自邸を建てる際、バルセロナ・パビリオンのような家をと依頼した。F邸を前にしてまず驚くのは、この建物が築17年であることだろう。ミースを意識して設計された家だけあって、流行に左右されないモダンなスタイルである。しかも5年おきに外装の大規模清掃を行うなど、行届いたメンテナンスが行われているので、歳月を感じさせない美しさがある。設計した建築家の田井勝馬さんは、「しっかり建てた家は、百年はもつ」と話す。巷で思われているより、家は長生きするようだ。

週末は人通りが多い通りに面しているので、窓を設けず、水色の摺りガラスの向こうに玄関を配した。2階に張られた壁材はトラバーチン。風化する素材で、年月を経て落ち着いた雰囲気に。ガレージの扉は観音開き。

そんなF邸の車庫に納まっているのは、濃いグレーのベントレー・ブルックランズ。全世界で550台だけ注文を受け付け、ほぼハンドメイドで仕上げられた優雅なクーペである。新車でFさんの元にやってきて9年。このクルマで、奥様と美味しいものを食べに行くのが楽しみのひとつだ。もっとも長さが5・4mもあるので、都心で駐車できる場所は限られる。第二東名を心地よく流し、静岡でお寿司を食べて戻ってくるのがお気に入りのドライブ・コースとなっている。そんなFさんは、電気自動車の時代になると、BMWの6気筒を味わえなくなるのを残念に思うクルマ好きだ。少し前までは、京都ならばクルマで出かけた。そしてこれまで、数多くのクルマに乗ってきた。イスズ・ベレットから始まり、この家が建った時はロールス・ロイスで、その前はアストン・マーティンに2台。以前乗っていたベントレーは、アイボリーのボディー・カラーに赤の内装だった。もっとも英国車党ではなく、何台かアメリカ車に乗っていた時期もある。好きなのは、エレガントなクーペ。また、仕事には長年BMWを選んできたが、薦める人があり、現在普段の足としてメルセデス・ベンツC200(2017年型)に乗っている。長いカーライフを振り返って唯一残念なのは、一度もポルシェを所有していないこと。「いいクルマですが、荷物が積めないので」。実は、Fさんの趣味のひとつが写真撮影。富士山や高山植物のブルーポピーを撮るため、海や山に夫婦してクルマで頻繁に出かけている。

エントランスホール
1階奥の打ち合わせコーナー
2階吹き抜け
2階書斎

今はこのようにゆっくりした日々を送っているが、自営のFさんが家を建てた60代半ばは、夫婦で忙しく働いていた時期。そのためF邸は、ビジネスに使えるような間取りとなっている。まず玄関に入ってすぐが、ちょっとした打ち合わせができる大きなエントランスホール。ここからの中庭の眺めは、ミースのバルセロナ・パビリオンを思わせる。1階の奥には、テーブルを囲んで打ち合わせができるコーナーが。より密な打ち合わせができるよう、2階に広い書斎を設けた。

圧倒的なセンスの家

家に入って驚くのは、Fさん夫婦の趣味の良さだ。建築だけでなく、飾られたアート、家具の選択などに美意識が反映されている。ビュッフェの絵画が掛かるエントランスホールに置かれているのは、フィン・ユールなど北欧家具の逸品。時間をかけて集めたものだ。30年前からこうした品々に囲まれていたのだから、相当に目が肥えている。この家を建てる際のFさんの要望のひとつが、大理石の一種であるトラバーチンを壁面に使用すること。建築家の田井勝馬さんは、建て主の所有している家具が、壁と床に石材を用いた部屋に品よく馴染むように設計した。

リビングダイニングは地階にあるが、自然光が入ってくるので明るい。椅子は、ミース・ファン・デル・ローエが、バルセロナ・パビリオンに置いたバルセロナ・チェア。ターンテーブルは、スイスのEMT社製のスタジオ用。彫刻はルノワ-ル。
ダイニングの天井照明は、天窓の光が入ってくるように見える。デザインの優れたガゲナウ社のキッチンの裏に、普段使うキッチンがある。

最も日当たりの良い2階の東南に夫婦の寝室を配したのは、朝日を浴びて目覚められるようにするため。リビングダイニングは、地下に持ってきた。多くの家庭と逆の配置になったのは、朝早くから夜遅くまで働く当時のFさんたちのライフスタイルを考えてのこと。もっとも地下の部屋も、三方にドライエリアを設けて光が入るように設計されているので、十分に明るい。普段過ごすリビングダイニングも、相当に趣味の良い優雅な空間である。壁には、藤田嗣治の絵画が掛けられ、キャビネットの上には、ルノワールの彫刻が飾られている。そのうえ同じ空間に据え付けられたデザインの良いキッチンは、17年前のものとは思えない美しさだ。こちらは何かのときに使うもので、日頃使うキッチンは裏に設けてある。そんなところにも、Fさんたちの美学が窺える。

地階のファミリールーム。黒い壁にかかっているのは、藤田嗣治の絵画。床の石は、田井さんがイタリアまで出かけて選んだ、巨匠カルロ・スカルパも愛した大理石のクラウゼット・ユニート。映り込みの多い磨き仕上げにしつつも、マット感を残した。
玄関前と中庭に池を設け、水が流れて反射する光が揺らめくように設計。ガラスと大理石と水のバルセロナ・パビリオンと同じ構成である。もっとも3.11以降は、電気を余計に使うことにFさんは心を痛め、水を貯めない代わりに磨いた大理石を張り、池にみたてた。ここからも人柄が窺える。Fさんが掛けているのは、フィン・ユールのNo45。

住まい手のセンスだけでなく、建築家の田井さんの仕事も素晴らしい。よく考えられた空間構成、素材の吟味、そしてディテイルまで拘った端正なデザインがあって、はじめてアートも家具も映えるのだから。このF邸は、田井さんが自身で手掛けた2軒目の住宅である。縁があって設計を依頼され、期待に応えるべく多くの情熱を傾けた。結果、バルセロナ・パビリオンの形だけを真似るのではなく、その精神までもくみ取った、時代の変化にも色褪せることのない家ができ上ったのである。そう、神は細部に宿る。そして建築は、細部の積み重ねなのだ。

■建築家:田井勝馬 1962年香川県生まれ。日本大学理工学部卒。戸田建設を経て独立。直線を基調とした、端正で上品な住宅で知られる。今回のF邸は初期の代表作。写真の家は近年の作。小誌の2016年3月号、2017年11月号にも登場。クルマ好きで、直線的なデザインのGクラスとSL(1995年型)のメルセデス2台持ち。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

 (ENGINE2018年05月号)

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