【10月18日 AFP】 ドイツは敵対的なロシアへの抑止力として新兵募集に力を入れようとしているが、「徴兵くじ引き制」案は連立政権内で論争を巻き起こし、多くの若者を動揺させている。 徴兵制の復活という喫緊の課題は、フリードリヒ・メルツ首相率いる保守「キリスト教民主・社会同盟」と、ボリス・ピストリウス国防相率いる中道左派「社会民主党」の連立政権を揺るがしている。 メルツ首相は、北大西洋条約機構とロシアの間の危険な緊張と、将来の米国の欧州安全保障への関与への疑念を理由に、ドイツ連邦軍を通常戦力として「欧州最強」の軍隊にすると公約し、ピストリウス国防相に新兵募集を指示した。 ドイツ連邦軍はこれまで、暗い歴史のために多くの国民が軍事関連すべてに不信感を抱いている同国でイメージ向上を目指してソーシャルメディアによる積極的なキャンペーンを展開し、志願兵の募集に注力してきた。 そのため、議会で現在策定中の法案に「徴兵くじ引き制」というより強制力のある選択肢を盛り込むよう保守派が求めた際、ピストリウス国防相は不快感を示した。 ピストリウス国防相はこの案を「いいかげんな妥協案」として拒絶。キリスト教民主同盟のノルベルト・レットゲン議員はピストリウス国防相が「重要な法案を台無しにした」と猛反発した。 レットゲン議員は、徴兵に関する規定の法制化を先送りするのではなく、今すぐ実施することが透明性の確保に不可欠だと主張した。 しかし、2011年以来停止されている徴兵制の復活は、ドイツ連邦軍を国民に愛されるものにするキャンペーンを阻害するだけだと懸念する声も上がっている。 ドイツ連邦軍予備役協会のパトリック・センスブルグ会長はポリティコに寄せたコメントで、徴兵くじ引き制は「誰かが貧乏くじを引く」ことを意味すると述べた。 [Page Break] ■「宝くじを買うようなもの」 多くのドイツ国民、特に18歳前後の男性とその親たちは、この議論をますます注意深く見守っている。 学校長で、2人の息子の父親でもあるシュテファン・ブルンネケさんはAFPの取材に対し、「宝くじを買うようなもので、運次第だ」「私はあまり気にしていない」と語った。 21歳の学生、レオンハルト・ロイチェさんは、政治家が若者の人生に関する重大な決定を下す際に、当事者である若者の意見を真剣に考慮していないと感じていると述べた。 「有能な軍隊が必要なのは理解できる」「しかし、18歳に1年間の兵役を課すのは必ずしも正しい解決策だとは思わない」と続けた。 80歳の年金生活者、ギンガ・アイシュラーさんは、はるかに強い批判を展開。 「そんな考えを思いつく人がいるなんて信じられない」「若い男性が、殺されるか、人を殺すかを決めるためにくじを引かされるなんて。そんなことは許されない。とんでもない!」と述べた。 [Page Break] ■「毎年4万人入隊」 ドイツが東西に分断されていた冷戦時代、鉄のカーテンの両側の大規模な軍隊は、現役兵力を補充し、大規模な予備軍を確保するため、徴兵制に大きく依存していた。 1989年のベルリンの壁崩壊後、ドイツは軍備と兵力を縮小した。 2011年に当時のアンゲラ・メルケル首相の下で徴兵制を停止した後、ドイツは消耗戦よりも迅速な国外展開に対応したより小規模だが職業軍人で構成される常勤の軍隊を選択した。 だが、2022年にロシアがウクライナに全面侵攻したことで状況は一変し、ドイツは国防費を大幅に増額せざるを得なくなった。 計画では2031年まで毎年4万人の新規入隊が予定されているが、今年の入隊予定は約1万5000人で、実現は程遠い。 ドイツの現在の計画の中核は、給与の引き上げと福利厚生の充実によって兵役の魅力を高めることだ。 ピストリウス国防相が提唱する新たな兵役に関する法律には、来年から18歳の男性を対象とする体力検査の義務化がすでに盛り込まれている。 だが、兵役義務がどのようなものであれ復活させるには、議会で再度の採決が必要となる。 [Page Break] ■「重大な侵害」 欧州外交評議会のフェロー、ラファエル・ロス氏は、徴兵制をめぐる議論は時期尚早だと考えている。 ロス氏は、新兵の選抜と訓練のためのインフラ整備には何年もかかると述べ、急ぐと短期的に戦闘即応体制が低下する可能性があると指摘した。 また、徴兵くじ引き制度の議論が「全体の取り組みに悪影響を及ぼす可能性がある」と懸念も示した。 ドイツ外交評議会のパトリック・ケラー氏は、現在の徴兵活動を歓迎する一方で、ドイツの高齢化と労働市場の逼迫を考えると、それだけで十分かを疑問視している。 ケラー氏は、義務的な徴兵制は、国民に軍隊を経験させることで「軍隊と社会の溝を埋める」ことにもつながると述べた。 さらに、「私たちがこの議論を行い、この問題についてオープンに話し合っているのは良いことだ」「なぜなら、義務的な徴兵制は常に個人の自由に対する重大な侵害だからだ」と付け加えた。