【1月16日 AFP】1996年秋のある朝、ジャーナリスト志望だった私は、パリ南部プラス・ディタリー駅近くの何の変哲もない建物の前で、風刺週刊紙シャルリー・エブド編集部の扉を開けてもらうための暗証番号を打ち込んだ。