■「待ちながら死ぬ」

 しかし、冒頭のムキゼさんにとっては遅すぎた話だ。ムキゼさんは、去年の12月に激しい痛みを訴え病院を訪れたが、モルヒネを渡され、もう残された日々は短いためできることは何もないと追い返された。

 今年3月、ムキゼさん一家は、自分たちの村から235キロ離れたピーターマリッツバーグ(Pietermaritzburg)の州議会を訪れ、がん治療の問題点を語る議員らの討論に聞き入った。

 娘のロンディウェさんはムキゼさんの隣に座り、「(追い返された後)父は赤ん坊のように泣きわめいていた。誰だってそうなるでしょう」と語った。

 野党民主同盟の州議員で医師でもあるイムラン・キーカ(Imran Keeka)氏によると、クワズールー・ナタール州では2015年から2016年の間の12か月間だけで少なくとも499人の患者が放射線治療などの治療を受ける順番を待ちながら死亡したという。この数字には、自宅で死亡した人、および緩和ケア施設で死亡した人たちは含まれていない。

■失意のなか辞めていく医療関係者たち

 キーカ氏は、州には少なくとも16人のがん専門医が必要だと想定している。

 しかし医師会や野党議員らによると、同州では2017年までに、2人をのぞいた全てのがん専門医が辞めているという。その大きな要因は、より多くの命を救えないフラストレーション、必要な機器の不足と、多すぎる患者の数だ。

 南アフリカ臨床・放射線腫瘍学会(South African Society of Clinical and Radiation Oncology)のレイモンド・アブラット(Raymond Abratt)会長によると、同国の公立病院に在席する放射線腫瘍医はわずか38人だが、民間の医療施設では147人いるという。

 アブラット会長は、大都市ダーバン(Durban)の公立病院では、フルタイムの放射線腫瘍医は一人もいないと述べ、がん治療での危機的状況は「ここ2年ほどの主要問題だ」と語る。

 ダーバンのインコシ・アルバート・ルツーリ(Inkosi Albert Luthuli)病院で働く匿名を条件に取材に応じたベテラン医師は、何の前触れもなく政府の資金提供が突然止まったことを明らかにした。この医師によると、採用はストップし、放射線と超音波スキャナーの修理も止められたという。