【5月20日 AFP】英語とフランス語を公用語とするカナダで、2言語話者(バイリンガル)に「壊滅的な」影響を与えるとされるアルツハイマー病に注目が集まっている──。後に習得した第2言語を失うことで、自国内にもかかわらず孤立感を感じることにつながるとされているためだ。

 2言語話者をめぐっては、認知症の発症が遅れる可能性が指摘されており、その事象を裏付けする証拠も多く示されている。しかしひとつの言語が不自由になることから生じる基本的なコミュニケーションの喪失が、患者に疎外感を与える事例は多く見られるという。

■仏語と英語でのテストで大きな差

 アルツハイマー病の発症で、第2言語によるコミュニケーション能力は急速に低下する。母親がアルツハイマー病と診断されたシルビー・ラボワ(Sylvie Lavoie)さんも、母親の英語で会話する能力が着実に落ちていったことに気づいたという。

 そこで母親のヘレン・トランブリー・ラボワ(Helene Tremblay-Lavoie)さんの病状がどの程度進行しているかを検査したところ、(第2言語の衰えについて)決定的な証拠が示された。同じ内容のテストでの正解率が、フランス語では30問中19問だったのに対し、英語では30問中9問にとどまった。

 テストの結果を見たシルビーさんは、「がく然とした。フランス語で話しかけていたので、母が英語を失っていたことに注意を払わなかった。英語が第1言語のわたしの夫に、母が英語で話しかけることがだんだん少なくなったのには気づいていたけれど、病気と全身疲労のせいだと思い込んでいた」と述べた。

 シルビーさんの母親は、国内で唯一フランス語を公用語とするケベック(Quebec)州で生まれ、後にオンタリオ(Ontario)州トロント(Toronto)へと移り住んだ。トロントでの生活は30年間に及び、2言語話者になっていた。しかし(認知症患者の)介護施設を探す段階になって、シルビーさんはトロント市内に母親に適した施設が皆無であることを知った。最終的にはナイアガラの滝(Niagara Falls)に近いウェルランド(Welland)で、フランス語が使える施設をようやく見つけた。

■2つの公用語を持つカナダでの社会問題

 昨年、このような施設不足の問題に対応するべく設立されたヘレン・トランブリー・ラボワ基金(Helene Tremblay-Lavoie Foundation)は、フランス語を第1言語とする人々向けの長期介護施設をトロントおよびその周辺地域に設立することを目的としている。同基金で主任を務めるガイ・プルー(Guy Proulx)教授は、「英語での会話能力を失うケースは、英語を後から習得した、もともとはフランス語のみを話す人々にみられる」と指摘した。

 ヨーク大学(York University)で、脳卒中や認知症に伴う認知障害の調査やリハビリを専門に研究しているプルー教授は、子どもの頃から2言語話者だった人々が第2言語を扱う能力をなくす可能性は比較的低いと話す。「小さい頃からの2言語話者なら、2言語を話すことが自動化され、固定されている。自動化されていると、アルツハイマー病のような病気を患っても影響を受けにくい」と説明した。

 オンタリオ州の全人口は60万人。うちフランス語を第1言語とするトロント市内の人口は約12万5000人に上り、その90%近くは非フランス語話者とのつながりを持っている。同基金は、こうした人々がアルツハイマー病を患った際、ともに利用できる体制を整えたい意向だ。プルー教授は「トロント市内にもフランス語の医療サービスはあるが、ばらばらなので組織化する必要がある」と語った。

 同基金のジーン・ロイ(Jean Roy)理事長は、州政府と中央政府の支援を得ていることを明らかにしながら、「3年間の事業コストは年間20万カナダドル(約2000万円)で、既に調達済み。(着手は)数か月内の問題だろう」と述べた。(c)AFP