【10月25日 東方新報】中国・四川省(Sichuan)都江堰市(Dujiangyan)にあるジャイアントパンダの飼育施設「パンダ谷」で9月下旬、四川大学(Sichuan University)華西口腔医院の歯科矯正科主任医師、龍虎(Long Hu)氏が柵の外から、遠くでタケノコを食べている1頭のパンダを見つめていた。「こんなに大きくなったのか。あの頃は小さくて、簡単に抱き上げられたのに」と感慨深げに話す。このパンダこそ、世界で初めて歯科矯正技術を使った治療を受けた「北侠(Bei Xia)」だ。

2022年に生まれた北侠は、生後間もなく母親に誤って左前脚と下顎を傷つけられ、顎が左右にずれた状態になった。2023年初め、成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地(以下、パンダ基地)と四川大学華西口腔医院は、人間の歯科矯正で用いられる、成長期の骨格の発育を利用して顎の位置を整える「成長誘導」の考え方を応用し、北侠の下顎のずれを矯正することに成功した。

人間の歯科矯正技術がジャイアントパンダに応用されたのは、これが初めてだった。龍氏も治療に携わった医師の一人で、「3年以上会っていなかったが、とても親しみを感じる。自分の子どもが成長したような気持ちだ」と話した。

2026年9月20日、昼寝から目覚めた北侠は、さっそく食事を始めた。地面にどっしりと腰を下ろし、右前脚でタケノコをつかむと、勢いよくかじりついた。パキッという音が柵の外まで聞こえてくる。頭を傾けながら左側で数回かみ、今度は右側でかむなど、周囲を気にすることなく食事を楽しんでいた。

柵の外では、龍氏が北侠の動きを注意深く観察していた。「下顎はまっすぐで、食事にもまったく支障がない。かむ力も強く、問題なくタケノコをかじっている」と龍氏は話す。さらに、左前脚を切断しているものの、残った部分を使ってタケノコを抱える動作を補助していることにも注目した。右前脚でタケノコを持ち、口では左右両側を使ってかんでいるという。「左右ともにかむ機能が良好で、両側の咬筋もしっかり使われている」と評価した。

成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地都江堰野生復帰・繁殖研究センター(パンダ谷)の飼育員、毛永逸(Mao Yongyi)氏によると、北侠は4歳の誕生日を迎えたばかりだ。「食事の状況や活動の様子、体重、排せつ物などのデータを見る限り、4歳のジャイアントパンダとして健康な状態にある」と説明した。毛氏によると、北侠は活発で元気いっぱいの性格だ。顎の矯正治療を受けたものの、現在は食事にまったく影響がない。左前脚を切断したことで木登りなどに多少の不便はあるが、それも克服し、一緒に暮らす2頭の仲間より木登りが得意なほどだという。

北侠と仲間の「績然(Ji Ran)」「科念(Ke Nian)」はいずれも2022年生まれで、パンダ谷の「回帰産房」と呼ばれる施設で一緒に暮らしている。4歳の北侠はまだ成獣ではなく、亜成獣に当たる。

今後、下顎が再びずれる可能性について尋ねられると、龍氏は「それはない」と明言した。「現在は骨格が完全に左右対称になっており、正常なパンダと変わらない。曲がっていた苗木をまっすぐに直し、そのまま幹が太く硬くなったようなものだ。もう元の状態に戻ることはない」と説明した。

現在の心境については、「まるで父親のような気持ちだ。子どもが健康に成長した姿を見ることができて、安心したし、とてもうれしい」と語った。今回の経過観察には、龍氏の教え子で、四川大学華西口腔医学院の博士課程に在籍する鄺芊允(Kuang Qianyun)さんも同行した。鄺さんは修士課程に在籍していた当時、北侠の矯正治療に参加していた。「人間の歯科矯正を専門に学んでいたので、まさか国宝であるジャイアントパンダの治療に応用できるとは思ってもいなかった。参加できて大変光栄だった」と振り返った。

また、今回の治療経験から多くのことを学んだという。「頭蓋底と下顎骨に関わる変形でも、矯正によって正常な状態に戻せることを知り、今後、医療を通じてどのような変化をもたらせるのか、より具体的に考えられるようになった」と話した。

北侠の症例は2026年7月、歯科矯正分野の国際的な専門誌「The Angle Orthodontist」に掲載された。論文の発表後、龍氏のもとには米国、カナダ、オーストラリアなどの研究者や医師から祝福のメッセージが寄せられたという。

龍氏は、人間の医療と獣医療が連携する今回の治療方法について、今後、顎や顔面に変形のある動物を治療する際の有効なモデルになると考えている。今後も野生動物の歯科矯正に携わる考えがあるかと尋ねられると、「もちろんだ。必要とされれば、必ず駆けつける」と力強く答えた。(c)東方新報/AFPBB News