校舎は狭く、教員も足りない。それでも学びは豊かだった…韓国人記者が海外の学校で見た光景 [韓国記者コラム]
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【10月02日 KOREA WAVE】韓国で大学入試を控えた高校3年生の教室は、緊張感に包まれている。随時募集の合格者が発表され始めると、授業中に机に伏せる生徒が増え、大学修学能力試験(修能)が終われば、教室の空席も一つ、また一つと増えていく。
では、修能という入試試験のない高校3年生の教室は、どのような様子なのだろうか。
先日訪れたベトナム・ホーチミン市の韓国国際学校で、最も印象に残ったのは、大学入試によって学校生活が中断されていないことだった。
韓国では随時募集の出願が本格化する9月だが、この学校ではさまざまな授業や文化行事が続き、校内は生徒たちの活気に満ちていた。
もちろん、この学校にも大学入試はある。生徒の大半は韓国の大学への進学を目指しており、随時募集の時期には面接を受けるため韓国へ向かう生徒も少なくない。
在外国民特別選考については「特例入学の方が簡単なのではないか」という厳しい見方もある。しかし、それを理由に、この学校の教育課程を軽視することはできない。
韓国国内でも、五者択一式の試験や知識の伝達を中心とする教育から脱却し、生徒の思考力や創造性を育てようとする改革が進められている。
高校単位制が導入され、討論型の授業や記述・論述式の評価を拡大する方策についても、継続的に議論されている。
一方、ホーチミン市の韓国国際学校では、生徒参加型の授業や進路に合わせた選択授業、学年や文化的背景の異なる生徒が一緒に学ぶ授業が、すでに定着していた。
こうした教育が実現しているのは、学校の環境に恵まれているからではない。生徒数に比べて校舎は小さく、教職員も不足している。
その不足を補っているのが、生徒たち自身だ。
例えば、韓国語が十分に話せない韓国人とベトナム人の家庭の小学生に対し、高校生が韓国語や韓国文化を教える「多文化メンター」として活動している。
小学生にとっては、学校生活を支えてくれる先輩が先生となり、高校生にとっては、誰かに教えることで自らも学ぶ機会となる。
異なる学年の生徒たちが交流しながら学ぶことで、学校は教科書や試験だけでは説明できない、一つの教育の生態系として機能していた。
学校の役割とは、こうしたところにあるのかもしれない。
次の試験に向けた準備を早めることではなく、一人ひとりの生徒に必要な学びや経験を途切れさせずにつないでいくこと。
今回の訪問では、学校が何のために存在するのかを改めて考えさせられた。【news1 チョ・スビン記者】
(c)news1/KOREA WAVE/AFPBB News