羅州市新村里5・6号墳の全景=国家遺産庁提供(c)news1
羅州市新村里5・6号墳の全景=国家遺産庁提供(c)news1

【09月02日 KOREA WAVE】日本統治時代の調査後、十分に解明されてこなかった韓国・羅州潘南古墳群の構造や築造過程などを明らかにする学術調査が始まる。

韓国国家遺産庁の国立文化遺産研究院・国立羅州文化遺産研究所は、9月1日から新村里5・6号墳の再発掘調査に着手し、史跡「羅州潘南古墳群」の中長期的な学術調査研究を本格化させる。

羅州潘南古墳群は、遺体を納める大型のかめを埋葬施設として使用し、一つの墳丘に複数の人を埋葬する方式を採用するなど、独自の馬韓文化を示す重要な遺跡だ。台形や四角形、円形など、さまざまな形の墳丘が密集しているのが特徴となっている。

1963年に新村里の9基、大安里の12基、徳山里の14基の古墳群がそれぞれ史跡に指定され、2011年に「羅州潘南古墳群」として統合された。

潘南古墳群は日本統治時代の1917~1918年に谷井済一氏、1939年に有光教一氏ら日本人考古学者によって初めて調査された。しかし当時は、土の堆積順序や性質から遺構の変化を調べる層位調査をせず、遺物の収集を中心に進められた。

約30日間で12基の古墳を掘り進めたため、調査結果が十分に報告されなかったり、記録自体が欠落したりしたケースもあった。

韓国の光復後も、断続的な緊急調査にとどまった。1999年には国立文化遺産研究院が新村里9号墳を再発掘し、古墳の構造や築造過程、墳丘周辺を装飾した土器列などを確認したが、体系的な中長期調査にはつながらなかった。

今回の対象となる新村里5・6号墳も、日本統治時代に調査された古墳だ。国立羅州文化遺産研究所によると、5号墳は当時の調査結果が報告されておらず、6号墳は日本の前方後円墳に似ていることから「日本的な色彩が濃い」と評価され、大型のかめ棺6基と古墳の形状だけが簡略に報告された。

しかし、その後の整備に向けた基礎調査では、6号墳は台形の古墳2基が連結した形と推定された。このため、正確な墳丘の形状や築造方法などを解明する必要性が指摘されてきた。

国立羅州文化遺産研究所の関係者は「今回の再発掘調査で新村里5・6号墳の正確な構造や築造方法などを確認し、墓域の正確な範囲や追加の古墳が存在するかどうかも順次明らかにする計画だ」と説明した。

(c)news1/KOREA WAVE/AFPBB News