北朝鮮が消した金正日総書記の幼名「キム・ユラ」…1954年の雑誌で確認
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【09月01日 KOREA WAVE】北朝鮮がキム・ジョンイル(金正日)総書記の幼少期のロシア式の名前「キム・ユラ」を公式記録から消し、過去の資料でも「キム・ジョンイル氏」に変更して紹介していた可能性が浮上した。ソ連生まれやロシア式の名前を隠してきた北朝鮮が、いわゆる「白頭血統」の神話を維持するため、歴史資料をさかのぼって修正したとの分析が出ている。
北朝鮮専門メディア「NKニュース」によると、1954年6月の北朝鮮児童文学雑誌に掲載された童詩「私たちの教室」の原本で、作者が「平壌第4人民学校 キム・ユラ」と記されていたことが確認された。
キム・ユラは、キム・ジョンイル氏が幼少期に使っていたとされる名前だ。キム・ジョンイル氏はソ連で「ユーリ・イルセノビッチ・キム」の名で出生登録され、「ユーリ」の愛称「ユラ」にちなみ、周囲からキム・ユラと呼ばれていたとされる。
しかし北朝鮮の朝鮮中央テレビは7月25日、文学芸術出版社の創立80周年を記念した報道で同じ作品を紹介した際、作者を「キム・ジョンイル」と表記した。
「私たちの教室」は、キム・ジョンイル氏が平壌第4人民学校4年生だった1954年4月に書いたとされる作品で、キム・イルソン(金日成)主席の肖像画が掲げられた教室を描き、「元帥の教えに従い、新しい国の柱になろう」といった内容が盛り込まれている。
1954年の雑誌は作者をキム・イルソン主席の息子とは明記していないが、学校名はキム・ジョンイル氏が実際に通った平壌第4人民学校と記載していた。このため、ロシア式の幼名が北朝鮮内部で実際に使われていたことを示す珍しい当時の記録と評価されている。
北朝鮮の公式記録では、キム・ジョンイル氏は1942年2月16日に白頭山の密営で生まれ、当初から「キム・ジョンイル」の名前を使っていたとされる。一方、北朝鮮国外では1941年にソ連極東地域で生まれたとの説が定説とされている。当時、キム・イルソン氏はソ連軍第88独立狙撃旅団に所属していた。
今回確認された資料は、北朝鮮がキム・ジョンイル氏の旧名への言及を避けるだけでなく、過去に発行された一次資料の作者名まで後から変更して紹介した可能性を示している。
NKニュースは「キム・ジョンイル氏のロシア式の名前が1950年代にも使われていたことを示す珍しい北朝鮮内部の証拠。北朝鮮がキム・ジョンイル氏の幼少期を公式の物語に合わせるため、一次資料をどのようにさかのぼって修正したかを示している」と評価した。
(c)news1/KOREA WAVE/AFPBB News