【9月1日 東方新報】2026年「華僑華人の夢を追う」華裔大学生研修活動が8月9日、海南省(Hainan)海口市(Haikou)で開幕した。日本、米国、ハンガリーなどから参加した17人の華裔大学生が、約半月にわたり、研修、インターンシップ、イノベーション・起業などのプログラムに参加する。

日本海南総商会の執行会長を務める陳子彬(Chen Zibin)氏は、学生たちに「研修期間中は、たくさん学び、観察し、考え、交流してほしい。中国と海外の若者の交流促進に、自分たちの力で貢献してほしい」と期待を寄せた。

日本の華裔大学生にとって、海に囲まれた熱帯の島・海南は、特別な存在なのかもしれない。海南は中国有数の華僑の故郷であり、多くの海南出身者が海を渡り、世界へ旅立った地でもある。現在、海南出身の華僑・華人は世界各地に数百万人に及ぶ。こうした歴史は、現地の建築にも刻まれている。

華裔大学生たちは、中国初の「歴史文化名街」に選ばれた海口騎楼歴史文化街区を訪れた。灰色のレンガ造りの建物や飾り窓、精巧な梁や柱が並ぶ街並みを歩きながら、中国と西洋、東南アジアの建築様式が融合した、100年以上の歴史を持つ華僑の故郷ならではの風情を体感した。

近年、海口騎楼老街は外国人旅行者の人気スポットにもなっている。SNSでは日本のネットユーザーからも「海口で最も訪れる価値のある場所」といった声が寄せられている。海南にはこのほか、文昌鋪前老街や文昌文南老街もある。いずれも帰郷した華僑が資金を投じて築いた街並みで、東南アジアの建築文化と故郷への思いが刻まれている。

また、海南には屯昌県、瓊中リー族ミャオ族自治県(Qiongzhong Li and Miao Autonomous County)、万寧市(Wanning)という3つの「全国武術の郷」があり、それぞれ独自の拳法と武術文化を受け継いでいる。屯昌県坡陳村は「坡陳五形桩」の発祥地である。清朝・咸豊年間にはすでに存在し、龍、虎、猿、亀、鶴の五つの形を取り入れた南派少林拳の一派として、160年以上にわたり受け継がれている。

瓊中の武術の歴史は元朝の至元28年までさかのぼる。万寧でも、万城東山功、安坡桩頭功、周家庄馬仔功、潮港猛虎下山拳が「万寧四大拳種」と呼ばれ、地域の多彩な武術文化を形作っている。

今回の研修で、順天堂大学(Juntendo University)の学生、劉思桐(Liu Sitong)さんは海口の武館で中国武術の演武を見学した。「武術映画で見るのとは違い、実際に目の前で見ると、より迫力があった」と話した。自ら武術を体験し、動きを自在に操る難しさや、継続して鍛えることの大切さも実感したという。早稲田大学の学生、陳翔宇(Chen Xiangyu)さんも、「僕も日本の友人たちも、特にクールなものが好き。友人たちにも紹介して、日本から中国に来てもらい、一緒に体験したい」と話した。

豊かな文化が華裔大学生たちに親近感を抱かせる一方、活発な経済・貿易は海南の大きな可能性を感じさせている。2026年上半期の海南省の経済統計によると、貨物貿易の輸出入総額は1949億3000万元(約4兆5986億円)で、前年同期比59.9%増。サービス貿易の輸出入総額は385億8800万元(約9103億4108万円)で、同11.2%増となった。

海南自由貿易港の全島封関運用開始後は、「ゼロ関税」や、加工によって一定以上の付加価値が生じた製品を中国本土で販売する際の関税免除など、一連の開放政策が対外貿易の拡大を後押ししている。

2021年、当時70歳を超えていた日本海南総商会会長で在日華僑のリーダー、符明潮(Fu Mingchao)氏は、自由貿易港の将来性に魅了され、故郷の海南に戻って日本料理店を開業した。「海南自由貿易港を建設するのに、海南出身者が誰も戻ってこないというのは道理に合わない」と考えたためだった。符氏は1958年、7歳で文昌市(Wenchang)東泰山村を離れ、両親とともに香港へ移住。1977年に日本の企業へ赴任して以来、日本に定住してきた。現在は、日本のサービス理念を中国に持ち帰り、海南のサービス水準を国際的な水準へ引き上げることを目指している。

同じく2021年、海口では第1回中国国際消費品博覧会(CICPE、消博会)が開催された。日本の華裔女性企業家、許春燕(Xu Chunyan)氏は、故郷・海南での開催を知り、海南省澄邁県老城開発区にある子会社を通じて30種類以上の商品を出展。日本館に「株式会社雅佳貿易」の展示ブースを設けた。23歳で日本へ留学し、その後日本国籍を取得した許氏は、日本で医療・ヘルスケア製品の会社を立ち上げている。符明潮氏や許春燕氏の歩みは、世界に向けて開かれた海南の姿を映し出している。

今回の研修活動では、華裔大学生たちが交通・物流、先端技術、金融・投資、文化・メディアなどの企業を訪問し、発展を続ける海南を体感する。彼らの視点と発信は、中国と海外をつなぐ新たな若者の力となる。

劉思桐さんは、「カメラで海南島の姿を記録し、言語の強みを生かして異文化間の発信を行い、より多くの海外の人々に本当の海南を知ってもらいたい」と語った。(c)東方新報/AFPBB News