【7月8日 AFP】カルタゴの名将ハンニバル・バルカが第2次ポエニ戦争中の紀元前218年に敢行した「アルプス越え」について、ドイツと英国の研究チームが現代生物学的研究から、その最有力ルートを導き出した。

北側からのローマ本土侵攻を可能にしたアルプス越えは、戦史上最も有名な偉業の一つとして長く語り継がれてきた。

ドイツと英国の研究チームが6日に発表した研究は、ハンニバル軍(特に戦象)が必要としたエネルギー量の計算から、「トラベルセッテ峠」が最も有力なルートだと導き出した。

トラベルセッテ峠は、現在のフランスとイタリアの国境に位置するコティアン・アルプスにあり、標高は2947メートル。

ドイツ統合生物多様性研究センター(iDiv)、独イェーナ大学、英オックスフォード大学の研究者らは、現代のアフリカゾウのBMIデータを基に、ルートモデルと標高データを使用し、兵士約4万人、馬数千頭、そして記録されている戦象37頭から成るハンニバル軍の肉体的負担を算出した。

論文の共同執筆者であるiDivおよびイェーナ大学のエミリオ・ベルティ氏は、「今回の新しい分析は、すべての曖昧さを排除するものではないが、戦象を含む大軍が極めて険しいアルプスの地形を移動する際の負担に、このルートがより適していたことを証明しており、トラベルセッテ峠説を補強するものだ」と述べた。

他に候補として検討された「モンジュネーブル峠」「クラピエ峠」「モンスニ峠」の各ルートは、ハンニバル軍が通過する場合、トラベルセッテ峠に比べてそれぞれ11%、16%、19%多くのエネルギーを必要としたとされる。

この研究は、アルプス越えがハンニバル軍にほぼ確実に強いたであろう莫大(ばくだい)な肉体的負担についても浮き彫りにした。

モデルによると、トラベルセッテ峠を越えた兵士たちは体脂肪量の約19%を失ったとみられ、道中で多くの兵士が死亡したこととも辻褄が合うという。

対照的に、戦象が失った体脂肪量はわずか約4%にとどまった。多くの戦象がアルプス越えを生き延びたと伝えられている。

アルプス越えに成功したことで、ハンニバルはローマ軍の防衛線を迂回(うかい)し、ローマ本土(イタリア半島)で連戦連勝し、ローマを驚愕(きょうがく)させた。だが、ローマはこうした逆境を耐え抜き、第2次ポエニ戦争で最終的にカルタゴに勝利し、その後の第3次ポエニ戦争でカルタゴを滅ぼしている。(c)AFP