【7月10日 CGTN Japanese】7月7日は、中国では全民族による抗日戦争勃発89周年の記念日です。この日を前に、中国侵略日本軍第七三一部隊罪証陳列館は、「関東軍化学部身上申告書」を一般公開しました。関東軍化学部は1939年に黒龍江省チチハル市に設立され、「満州第五一六部隊」とも呼ばれました。主に中国侵略日本軍のために化学兵器を研究開発し、その運用を担当しており、旧日本軍の化学戦を実施した中心部隊の一つでした。

同「身上申告書」は、中国侵略日本軍第五一六部隊の兵士らが戦後、日本へ帰国する際に記入した「個人の身柄情報に関する登録表」であり、日本政府が保管してきた重要な軍事履歴資料でもあります。当初は日本留守業務部が登録と承認を担当していましたが、その後に厚生労働省に移管されました。2000年以降、この資料は厚生労働省から日本の国立公文書館に引き渡され、次第に解禁されてきました。中国侵略日本軍第七三一部隊罪証陳列館の研究者らは、2023年に日本でおこなわれた「国際的な証拠収集」の期間中、複数回の検索・協議・交渉を経て、最終的に中国に持ち帰りました。また系統的な取りまとめや研究を経て、関連する詳細について社会に向けて一般公開しました。

今回取りまとめて公開された「身上申告書」は計148ページで、108人の情報が含まれています。それによると、1945年8月15日、日本軍が降伏した後、第五一六部隊のうち中国にいたのは55人で、49人がソ連軍に逮捕され、4人の行方が不明でした。また、第五一六部隊の隊員がソ連に拘束されていた期間中、第七三一部隊や第一〇〇部隊の隊員のように特別な犯罪捜査や尋問、裁判を受けておらず、その化学戦に関する犯罪も即時に清算されませんでした。(c)CGTN Japanese/AFPBB News