【4月8日 AFP】パブロ・ピカソの反戦の傑作「ゲルニカ」が、スペインで論争に巻き込まれている──。バスク自治州の指導者たちが、1937年の爆撃に触発されたこの絵画を、実際に爆撃が行われたバスク地方で展示するよう中央政府に対して「新たに」要求を出しているのだ。

「ゲルニカ」は、1992年からスペインの首都にあるソフィア王妃芸術センターに展示されている。バスク地方への移動を求める要請は、これまでも何度も出されているが、そのたびに拒否されてきた。

作品の移動をめぐる新たな要求は、ペドロ・サンチェス首相との会談中にバスク自治州のイマノル・プラダレス首長から出された。

バスク自治州政府は、1937年4月26日の爆撃90周年を記念して、「ゲルニカ」をビルバオのグッゲンハイム美術館に展示することを希望している。この爆撃では、ナチス・ドイツとファシズム体制期のイタリアの部隊が、スペイン内戦でフランシスコ・フランコ将軍を支援するためにゲルニカの町を壊滅させた。

バスク自治州政府は、今年10月から2027年6月まで「ゲルニカ」をビルバオで展示することが「補償と歴史的記憶」の一つの形となるとしている。

サンチェス氏の少数与党は連立内閣で厳しい政権運営を迫られており、議会ではバスク2政党の支持が必須となっている。そのため、今回の提案に対しても直ちに拒否せず、文化省にその判断を委ねた。

文化省が美術館側に要求の実現可能性を確認したところ、返ってきたのは、これまでと同様に「強く反対する」との意見だった。

美術館側の報告書には、作品は脆弱で、振動や移動により損傷するリスクがあるとの指摘があった。

「ゲルニカ」はピカソの傑作で、昨年、約160万人の訪問者があったレイナ・ソフィア美術館の目玉の一つとなっている。

中央政府は7日、「ゲルニカ」移動の要求に対する政府の対応について「専門家」の助言を仰ぎ、適切に対応したとの考えを示した。しかし、この専門家の意見とは、当事者である美術館側の意見に他ならない。

1937年の爆撃後に描かれた「ゲルニカ」は、パリの万国博覧会で初めて展示され、その後ニューヨークの近代美術館に収蔵された。民主主義が回復しないうちは絵画をスペインに戻さないことをピカソ自身が望んでいた。

作品はフランコ将軍の死後、1981年にスペインに移され、最初はプラド美術館に展示され、その後1992年にレイナ・ソフィアに移された。

1973年に亡くなったピカソは、「ゲルニカ」がスペインで展示されるのを見ることはなかった。(c)AFP/Marie GIFFARD