【1月2日  People’s Daily】ロス海棚氷上に最後の白夜の陽光が静かに消えると、南極の冬が正式に到来する。氷原の上、マイクログリッドシステム、水素エネルギーシステム、通信システムなどの建設任務を終えた秦嶺ステーションは、灰色の箱船のようにどっしりとそびえ立っている。

秦嶺ステーションは中国にとって5つ目の南極観測基地であり、中国の南極ロス海地域における観測の空白を埋めるものだ。現在、32名の建設要員が秦嶺ステーションで越冬任務に就き、室内装飾と電気・機械設備の設置作業を並行して進め、基地の運営と保守を全力で支えている。

1990年代初頭に初めて南極観測基地建設に参加して以来、中国鉄路工程集団、中国建設科技などの国有企業からなる極地建設チームは、これまで20回以上にわたり南極に赴き、中国の南極観測事業の発展を継続的に支えてきた。

秦嶺ステーションが位置するインエクスプレッシブ島の平均気温は摂氏マイナス20度で、極寒時には摂氏マイナス40度にもなり、年間の強風日数は100日以上におよぶ。

気候がこれほど過酷な中、建設はどのように進められたのか? 建設の難易度を下げるため、秦嶺ステーションは設計段階から、組み立て式・モジュール化建造システムという革新的なアプローチが採用された。中国国内で鋼構造部材と機能モジュールを製造し、現地では積木のように運搬、組立て、設置を行うことで、完成後すぐに利用可能な状態を実現した。

南極では溶接条件が整わないため、秦嶺ステーションの鋼構造の組み立ては全てボルト締めで行われた。

「南極でボルトを締めるのは簡単じゃない」、2000年代生まれの若い組立工・謝帥帥(Xie Shuaishuai)さんはそう話す。手が凍傷になるのを防ぐため、手袋は必ず着用するが、手袋を着けるとすぐに汗をかき、冷風に当たると手袋が凍り、工具に張り付いてしまう。謝さんは「作業を続けるには、手袋を温めたり着け替えたりし続けなければならなかった」と話す。そうした繰り返しの中で、彼らは合計で1万1000本ものボルトを締めたのだ。

中国第40次南極観測隊の活動期間中の23年12月16日に秦嶺ステーションの本体建設が全面的に始まった。そして30日もかからずにメインビルの鋼構造が完成した。その後、建設チームは機能モジュールの設置を開始し、60日足らずでステーション本館の建設任務を完了させた。

秦嶺ステーションはまた、南極観測基地建設における5つの「最」(建設人数最多、物資搬入量最多、単体建築規模最大、建設条件最困難、建設期間最短)を打ち立てた。

第41次南極観測隊が24年11月1日に出発した。その中には中国鉄路工程集団、中国建設科技など国有企業から100名余りの建設チーム員が含まれていた。チームリーダーの羅煌勛(Luo Huangxun)氏の話では、大半のメンバーが前回の第40次観測隊に参加した者たちで、中には10回以上の南極での建設経験を持つ者もいた。

羅氏自身は07年に極地建設チームに加わり、以来18年間、13回の南極建設任務を完遂し、最長で連続17か月間南極に駐留した経験を持っている。

第41次南極観測隊は赤道の灼熱の太陽、猛烈な西風帯の荒波を乗り越えて、29日間・7570海里(約1万4020キロ)に及ぶ困難な航海を経て、24年11月30日に南極中山ステーションに無事到達した。

南極到着後、指揮船の4台のデリッククレーンが緊密に連携し、大きな貨物を小分けにして、複数回に分けて荷下ろしした。隊員全員が一列に並んで人力の「ベルトコンベア」を作り、大型コンテナの物資を順次運搬し、わずか5日足らずで約6000トンの物資の荷揚げを完了させた。

物資の運搬が終わると、建設作業が本格的に始まった。「その時は、最も先進的な施工技術を南極に持ち込み、設計、製造、輸送、施工といった重要な建設工程を深く融合させた」、羅氏は当時をこう振り返る。

この工程では、デジタルシミュレーションシステムが大規模に利用された。

「南極は遠く、物資輸送能力には限界がある。万一不測の事態が発生すれば、施工計画が狂う可能性がある」、中鉄建工集団の南極プロジェクトマネージャー・鄭迪(Zheng Di)氏はこう強調する。

建設チームは建築モデル情報を南極大陸に持ち込み、デジタルシステムを通じて施工図設計を深化・細分化し、施工組織計画のシミュレーションと最適化を行った。

電気・機械設備システムを例にとると、その配管の総延長は10万メートルを超えるが、デジタルシミュレーション技術を用いて、複雑なシステムは複数の機能ユニットに分解され、施工難度が低下し、作業効率は72%向上した。

現在、秦嶺ステーションのエネルギーシステムは、風力発電、太陽光発電、蓄電池、水素製造、水素貯蔵、水素発電などのコアハードウェアの設置作業がすでに完了している。 

鄭氏は「これら環境に優しいエネルギーシステムは、秦嶺ステーションに持続的で信頼性の高い電力供給をもたらしている」と説明する。太陽が沈んだ状態が続く「極夜」の環境下でも、少なくとも14日間は30キロワットの電力供給が保障できるという。

秦嶺ステーションの夏季建設任務終了後も、30名余りの越冬建設要員が南極に残り、引き続き運営や保守業務に従事している。2回の越冬経験を持つ羅氏は、南極での越冬任務の困難さは夏季任務をはるかに上回り、隊員たちは58日間にもおよぶ極夜に直面しなければならないと強調する。しかし、観測基地が自分たちの手で少しずつ築き上げられていくことを思う時、羅氏の心の中には達成感と誇りが湧き上がるという。

59歳になる羅氏は「次もまた南極に行きたいですか?」という質問を受けるたびに「必要とされ、この老体が許す限りは、次もまた皆と一緒に南極へ行く!」と力強く応じている。(c)People’s Daily /AFPBB News