【11月1日  People’s Daily】「三坊一照壁」(三方を建物で囲み、一方に目隠しの壁を配したペー族やナシ族の建築様式)が、一つの空間(庭)を区切っている。その伝統的な小さな庭の中で、「天地院」の責任者・和学光(He Xueguang)さんは一日中忙しく働いている。和さんは「われらが麗江古城(には、天地院のような文化的な庭園が、大小合わせて30もある」と紹介する。

この「天地院」は170年以上の歴史を持ち、雲南省(Yunnan)の麗江古城の中心部に位置している。これまで多くの人たちが和さんに「この庭を貸して店舗や民宿を開いたらどうか」と勧めたが、彼はきっぱりと断ってきた。

  
1997年に麗江古城がユネスコ世界文化遺産に登録されて以降、より厳格で効果的な保護が行われている。古城(古い町)の景観を保護するため、城内の多くの建築物は現代の居住用住宅の建築基準に沿った改造をすることはできない。観光客の増加に伴い、多くの人びとが古城の外への転居を選択している。

伝統的な民家建築、地元住民の生活様式、文化的な景観は有機的に一体化しており、遺産保護の能力と水準をさらに高めるには、地元住民の参加が不可欠だ。文化遺産は単なる建物ではなく、貴重な文化を内包している。

古い町の文化をどう掘り起こし保護し、生きた形で継承していくのか?これについて、和さんは「天地院をナシ族の伝統的な歌舞や風習を紹介する場とするのが最適だ」と考えた。

99年、和さんはここで「麗江ナシ文化伝習センター」の設立を準備し、地元の人たちを招いてナシ族の音楽や舞踊を披露し、ナシ族に伝わる伝統的な宗教と文化「トンパ(東巴)文化」を展示するとともに、伝統文化の研修を開始した。

麗江古城保護管理局と古城の管理会社「麗江古城管理」は07年から毎年、一部の公有家屋を転用し、文化庭園への充当を続けてきた。

16年、和さんの天地院は麗江古城で18番目の文化庭園となった。和さんは「家賃は優遇され、毎年資金援助もある」と話す。天地院は例外ではなく、麗江古城は毎年1千万元(約2億1000万円)以上の資金を投じて、文化庭園をはじめとする文化保護継承プロジェクトの建設と運営を支援している。

現在、天地院ではトンパ楽舞が一日3回、定刻に上演され、多くの観客を惹きつけている。天地院はこれまでの蓄積を活かし、本来の民族生態に基づくナシ族の歌舞を創作し、また「ナシ族の記憶」と「村の記憶」という2つの特色ある展示ホールを設けた。

同時に、ナシ族の文字(トンパ文字)や歌・舞踊の授業などインタラクティブな要素を追加し、観光客が参加しながら古城文化を感じられるようにしている。

天地院を出て町中を歩くと、書店や詩社、象形文字体験館、手工芸工房などが点在している。現在、麗江古城の30か所の文化庭園には、著名人の旧居、歴史文化の保護、伝統工芸、ナシ族の風俗など多様な内容が網羅されている。観光客は見学体験ができるだけでなく、深く学ぶこともできる。「麗江古城の物語は、これらの文化庭園の中にある」と和さんは言う。

文化庭園の数が多く、古城内のあちこちに点在しているため、他所から来た観光客がそれらを見つけるのは容易ではない。

麗江古城は文化庭園への集客、観光客の誘導を続けている。和さんによれば、古城内の標識や道案内で、最も目立つのは文化庭園だという。
 
19年、麗江古城は経営参入の基準と退出のメカニズムを設け、総量を厳格に管理し、業態のスペースを整頓するとともに経営アイテムを分類整理した。古城の景観や文化遺産保護に合致しない業態を制限し、伝統文化の特色を発揮し展示するような業態に対しては奨励と支援を行うことにした。

和さんは「ネットカフェはなくなり、バーも減り、古城はますます文化的な味わいを帯びてきた。より多くの若者が麗江古城を訪れ、文化遺産を好きになってくれることを願っている」と語った。(c)People’s Daily/AFPBB News