【故宮百年】故宮の古時計:中西文化交流を刻む「ハイテク文化財」
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【10月30日 CNS】10月、「百年の守護――紫禁城から故宮博物院へ」特別展の予約が取れた人びとは、幸運をSNSで報告し、自分が撮影した故宮(紫禁城、Forbidden City)の宝物を次々に投稿した。中でもひときわ注目を集めたのが、精巧で華やかな古時計だ。18世紀の英国製「銅鍍金仙鶴馱亭式表」(ブロンズメッキの鶴が楼閣を背負う時計)や、清の乾隆期に広州で作られた「広鐘」の一つ「銅鍍金仙猿献寿麒麟馱鐘」(猿が寿を捧げ、麒麟が時計を背負うデザイン)などがその代表である。北京故宮博物院には「時計館」が常設されており、精緻な職人技が光る古時計の数々が展示されている。来館者の中には「全部持ち帰りたい」と感嘆する人も少なくない。
西洋からもたらされた古時計は、故宮の所蔵品の中でも比較的新しく、科学技術の粋を集めた文化財である。単なる計時器具にとどまらず、精密機構と芸術性を兼ね備えた工芸品でもある。これらの「ハイテク文化財」は、18〜19世紀の西洋時計製造業の発展を映し出すと同時に、明清期の中西交流の証でもあり、技術と文化が融合した歴史を物語っている。
現在、故宮博物院(The Palace Museum)の所蔵品は180万点を超えるが、そのうち1500点以上が古時計だ。「最も多いのはイギリス製で、ほかにフランスやスイスの製品もあります。清王朝の宮廷製や広州市(Guangdong)の職人が作ったものは全体の2割ほどです」と語るのは、定年後も再雇用されている文保科技部時計室の修復師、王津(Wang Jin)氏である。イギリス製は欧風建築や田園風景をモチーフにしたものが多く、フランス製は当時の新発明だった熱気球などを題材にする傾向があり、スイス製は小型の時計が中心だ。広州は西洋文化が中国に入る最初の玄関口であり、やがて中西折衷の「広鐘」が盛んに作られるようになった。
記録によると、1601年にイエズス会宣教師マテオ・リッチ(Matteo Ricci)が2基の自鳴鐘を明の皇帝に献上したのが、時計が中国宮廷に伝わった最初の事例とされる。清代に入ると、西洋科学を愛した康熙帝が多くの自鳴鐘を収集し、時計工房を設けて模造や修理を行った。雍正帝の時代には時計が実用的な計時具として宮廷内で広く使われ、皇帝の行幸にも携行された。乾隆帝の治世には製作技術が最盛期を迎え、西洋の「写字人鐘」(自動で文字を書く人形時計)などが特に乾隆帝のお気に入りだったという。
故宮が所蔵する古時計の中には、中西折衷の傑作も多い。今回の特別展で展示された「銅鍍金仙鶴馱亭式表」はその代表だ。首を曲げた鶴が霊芝をくわえ、赤いベルベットの台座に立ち、二層の楼閣を背にして中央に小型の時計をはめ込む。腹部には音楽装置が仕込まれ、起動すると4曲を奏でる。この時計には英国の名工の署名があるが、装飾は極めて東洋的で、中国人がデザインに関わった可能性が高いとみられている。2024年にはロンドンで開催された展覧会に出品され、「中英文化交流の象徴」として注目を集めた。
また、国内外の展覧会で人気の「掐絲琺瑯転鴨荷花缸鐘」(七宝焼きの鴨が回り、蓮の花が咲く水甕型時計)も、中西融合の逸品だ。清王朝の造弁処(工房)の職人が、広州産の七宝焼きの甕とフランス製の奏楽装置を組み合わせて製作したもので、ゼンマイを巻くと音楽が鳴り、蓮の花が開き、西王母が中央に座り、童子と白猿が桃を捧げて跪く。その精巧さは「現代のロボットにも匹敵する」と評される。王津氏は「時計の本来の役割は時間を示すことですが、それ以上に重要なのは、仕掛けの動きで“見せる”こと」と語る。なお現在、展示スペースの制約から時計館での動態実演は一時中止されている。
王津氏は故宮で40年以上にわたり200〜300点の西洋時計を修復してきた。中でも忘れられないのは、スイスの名工が作った「魔術師時計」だ。1000点以上の部品で構成され、7つのシステムと5つの連動装置を備えるこの時計は、世界で最も複雑な機械式時計の一つとされている。王氏は弟子の亓昊楠と共に1年以上をかけて分解・修復・調整を行った。「修復のたびに、時を越えて昔の職人と対話し、その技に敬意を捧げているような気持ちになる」と話す。
紫禁城のこれらの貴重な時計は、時折海外でも展示されており、香港・マカオ・台湾をはじめアジアや欧州各国で公開されたことがある。王氏にとって特に印象深いのは日本での巡回展だという。1990年代、50〜60点の古時計が日本各地を半年にわたって巡回し、会場には長蛇の列ができた。王氏ら修復師が交代で来日し、時計の動態を実演した際には会場が熱気に包まれた。
王氏は「故宮の時計が世界へと旅立ち、海外の人々に間近でその魅力を感じてもらえることこそ、かつての中西文化交流の延長だ」と語る。師弟の王津氏と亓昊楠氏は、「一つの道を選び、一生を捧げる」という職人の精神を胸に、ドキュメンタリー『我在故宫修文物(訳:私は故宮で文物を修復する)』が話題となった今も、情熱を持って故宮の守り手として技を磨き、その知識と経験を若い世代へと受け継いでいる。(c)CNS/JCM/AFPBB News