【9月26日  People’s Daily】世界のスーパーマーケット」の異名を持つ浙江省(Zhejiang)義烏市(Yiwu)で、呂成均(Lu Chengjun)氏はよく知られた人物だ。氏が経営する「超瀾進出口(輸出入)」は、義烏国際貿易城で最大の計量器専門店だ。

貿易城第二地区の5階にある彼の店は、まるで電子秤の展示会場のようだ。2000種類以上の電子秤(でんしばかり)が、整然と並べられている。店舗面積は800平方メートルを超えている。

もう一つの店舗は2階の好立地にあり、28平方メートルと小さいながら、昨年は電子秤を150万台販売した。店内には、国内外のバイヤーたちが絶え間なく訪れている。

呂氏は浙江省諸暨市(Zhuji)陳宅鎮湖田村の出身である。16歳で中学校を卒業後、露店商として働き始め、地元で野菜を売り、杭州市(Hangzhou)でベビーカーを売り、雲南省(Yunnan)では衣料を販売するなどした後、2002年に義烏にやってきた。

靴下、電球、バドミントンなど、義烏に来た当初、呂氏は様々な商品を扱ったが、ある日同郷の商人から「おととい、トルコの客に電子秤をコンテナ1台箱分出荷した」と聞いたのがきっかけで、その後彼の商売は「秤(はかり)」から離れなくなった。

秤を売り続けて23年、学ぶことを好み毎晩その日の商売を振り返る呂氏は、多くの知見を蓄積してきた。

「義烏の雑貨商品は『薄利多売』だと言う人が多いが、私の場合は多売だけれども、利益は決して薄くない」、呂氏は含みのある口調でそう言った。「どうするのか? それは市場の痛点(ツボ、悩みどころ)を狙って革新することだ。それが発展を牽引する第一の原動力だ」とその秘訣を語った。

呂成均の目には、全ての顧客が「市場のセンサー」として映る。「社長、この秤は高すぎる」「この秤は大きすぎて場所を取る」など、彼が毎朝スマホを開くと、このようなメッセージがいくつも入っている。そういう声を参考にして、月平均で4~5種類の新製品を投入することが、お客様への彼なりの最良の返答だ。

以前は、一部の星付きホテルで使われる秤に、品質が平凡で機能性に欠けるもの、外観がホテルのグレードに合わないもの、電池交換が直ぐに出来ず客の利用に支障をきたすものなどがあった。市場の「痛点」を把握した呂氏は、すぐに自己発電式の体重計の開発に着手した。そして、高級感のあるデザインで品質が良く、電池不要の自己発電機能を備えた製品が出来上がった。

この自己発電式体重計は昨年市場投入され、初年度の売上額は100万元(約2063万円)を超え、今年も好調な販売が続いている。「電子秤は日常の必需品ではない。この貿易城内だけでも70~80店が販売している。だからこそ、希少性や差別化を売りにして、『人に無く我に有り、人に有れども我が優れる(他店にない独自性、他店を上回る優位性の)』もので、テクノロジー感がある商品を販売し、できればそこに『想いやこだわり』を込めて売りたい」、呂氏は自身の商売に対する思いをこのように語った。
 
『14192』、この数字は06年以来、呂氏が販売する全ての秤に商標とともに刻まれている。

呂氏は「これは私の店のブース番号で、品質問題発生時のトレーサビリティのためだ。当時は外国のバイヤーとのコミュニケーションが不便で、言葉も通じないし、ビデオチャットもなかった。ブース番号を表示しておけば、彼らが訪ねて来やすくなる。こうすることで、品質への自信を表し、顧客には安心感を与えられる」と説明する。

「『信無くば立たず(論語:人は信頼なくして成り立たない)』だ。私たちは長期的視点で考え、変わらぬ信念で永続的に事業を営む。その場限りの一発商売はしない」、彼は商売に対する自身の信念をこのように述べた。

口コミで評判が広がり、呂氏の名声はますます高まり、取引先ネットワークはどんどん拡大した。製品は60以上の国と地域に販売され、なじみの顧客が業績の基盤を支え、新規の顧客が成長の牽引役となっている。これが、市場の変動の中でも確固たる地位を保つことができる彼の自信の源だ。

呂氏は、義烏市場が長きにわたって「繁栄を続けている理由」を、市場の「見えざる手」が有効に機能すると同時に、政府の政策支援と言う「見える手」が積極的な支えとなり、その2つの手が常に協調してきた点にあると見ている。

呂氏は「義烏は世界を相手に商売を行い、常に新しい市場を開拓し、新天地を切り開いている」と言う。以前、彼は義烏市の「ブランド海外展開計画」に参加し、マレーシアなどで開催された見本市に出展した。現在、呂氏の販売構成は、従来の店舗販売が5割、見本市での販売が3割、電子商取引(EC)が2割となっている。海外には7つの代理店も設置している。

呂氏は「義烏国際貿易城が主催するEC関連のトレーニングは、今や私たちにとって日常茶飯事だ」と言う。なんと義烏市は昨年、越境EC人材を延べ4万8千人規模で育成した。

最近海外の一部の顧客から「注文キャンセル」が入ったが、呂氏の心境は常に平静で、動揺はなかった。

「商人こそが義烏市場の最も貴重な資源だ。多くの人が市場で20~30年も苦労を重ね、山河を渡り歩き、あらゆる言葉を尽くし、あらゆる手段を考え、あらゆる苦労を味わい、浮き沈みを経験してきた。それは幾多の試練を経て鍛え抜かれた強靭な生命力だ」、呂氏は自身の胸の思いをこう表現した。

呂氏は周りを見渡して「ここのみんなは、嵐の後に虹が現れるのを待ち望んでいる」と付け加えた。

自らの確固たる姿勢で外部環境の不確実性に対峙する。義烏国際貿易城を歩くと、呂氏たち7万5千戸の商人たちの顔に、自信が満ちているのがわかる。
そしてそれは、現在への、さらに未来への確信に違いない。(c)PeopleʼsDaily/AFPBBNews