初披露!1940年代に米国へ持ち去られた中国の重要文化財
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【9月16日 CGTN Japanese】1942年に中国南部湖南省長沙市の子弾庫から出土した楚帛書は、これまで発見された歴史が最も古い帛書の実物です。10日に放映された中央広播電視総台(チャイナ・メディア・グループ/CMG)の大型文化番組「帛書伝奇」の始動式で、子弾庫の楚帛書が米国に流出した重要な物証の一つとして、米シカゴ大学に保存されているジョン・H・コックス(中国語名:柯強)のアーカイブにある手紙が初めて披露されました。コックスはまさに中国で情報収集していた1940年代に楚帛書を米国に持ち帰った人です。
帛書(中国古代に絹に書いた文書)は中国の学術研究における重要な情報源の一つであり、古文字、古文書、学術史、思想史などの研究にとって極めて重要なものです。楚帛書は現在見ることのできる中国の戦国時代(約2500年前)唯一の帛書で、全編900字余り、重要な研究価値を持つものです。
湖南省長沙市子弾庫にある楚墓が1942年不法に盗掘され、その中から楚帛書が出土し、後に蔡季襄という人の手に渡りました。蔡季襄は当時長沙で教職に就き、戦時中に情報収集していた米国人、ジョン・H・コックスと人を介して知り合いました。コックスは写真を撮ることを口実に、蔡季襄の許可を得ずに楚帛書を人に頼んで直接米国へ持って行かせました。国宝の楚帛書は1946年に米国へ流失して以来、80年近くになります。楚帛書の比較的完全な部分は現在、サックラー基金(The Arthur M. Sackler Foundation)が所有しており、残りの部分は米国スミソニアン博物館国立アジア美術館に所蔵されています。
番組「帛書伝奇」の始動式では、1946年にコックスが許可なく楚帛書を米国に持ち込んだ後、蔡季襄がコックスに対して金を催促した手紙が初めて披露されました。これは楚帛書が米国に流出した重要な物証の一つです。今年6月20日、帛書研究の専門家である米シカゴ大学のドナルド・ハーパー教授は依頼を受け、青島で中国の文化財管理部門にかつて子弾庫で出土した楚帛書第2巻と第3巻を入れていた箱のふたを引き渡しました。この箱のふたには米ハーバード大学に付属するフォッグ美術館の借用ラベルなどの情報があり、箱の中の文物が1946年9月16日から同美術館に借用されていることを証明することができ、楚帛書が米国で転々としていた証拠となる重要な一環です。
米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の中国学者で、考古学者のロータール・アレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼン教授(中国語名:羅泰)は、弾薬庫の楚帛書が帰属する中国へ迅速に戻ることに期待を示し、「(美術館などへの慈善事業で知られる)サックラーは生前、このような重要文化財は本国以外の国に残すべきではないと何度も表明し、楚帛書を贈り物として中国に返還することを望んでいた」と述べました。(c)CGTN Japanese/AFPBB News