■「海のにおい」

 地中海の中央部を渡る移民ルートは、世界で最も危険なルートとなっており、昨年は2498人が死亡もしくは行方不明となった。前年から75%も増加した。

 オペラ刑務所の中庭には、ばらばらになったボートや板があちこちに散乱している。

 ボートからは、ピンクや白の乳児用の靴や哺乳瓶、おむつ、緑色の小さなTシャツなどが見つかっている。

 また、塩まみれになった服、錆びたイワシの缶詰、簡易ライフジャケットなどからは、旅程の厳しさが生々しく伝わってくる。

 周りはコンクリート塀に囲まれているが、「海のにおいがする」とアンドレア受刑者は言う。

「はっきりとにおう。嗅いだ人は遠い場所を想像する。においは楽器となった後でもしっかり残っている。もちろん弱まりはするが」

 ボートを解体しながら、アンドレア受刑者は楽器に作り変えられそうな木材を吟味していた。

■「生きていることを実感、役に立っていると思える」

 アンドレア受刑者も殺人を犯し、終身刑を言い渡された。木工場での作業は一種の「贖罪(しょくざい)」になっていると話す。

「刑務所では時間が止まっているかのように感じるが、木工所では自分は生きていることを実感するし、役に立っていると思える」

 窓に鉄格子がはめられた薄暗い小部屋で、ルーマニア人のニコラエ受刑者(41)が、のこぎりで木を切る作業にいそしんでいた。

 2013年から収容されているというニコラエ受刑者は、バイオリンのサウンドボードの削り出し作業を始める前に、慎重に木材の寸法を計測した。

「バイオリンを作ることで、自分が生まれ変わっているように感じる」

 ペンナイフやノミ、のこぎり、小型鉋(かんな)などの工具は、壁のパネルに掛けられている。工具は武器ともなり得るため、作業時間の終わりには刑務官が慎重に確認する。

 作業台の前に立っていたマスタールシア―のエンリコ・アロート受刑者は、板を曲げる際に16世紀から伝わる技術を使ったと話す。ボートのニスを生かすために必要だったという。

 ここにはストラディバリウス(Stradivarius)はない。ここで作られるバイオリンは「もっと、ミュートされた音質だ。それでもそれぞれの楽器の魅力があり、すべての音域を奏でることができる」

「ここで作られる楽器は演奏者の感情を高め、そしてその感情が観客に届くことになる」とアロート受刑者は語った。

 映像は8日撮影。(c)AFP/Brigitte HAGEMANN