中国で大勢を感動させた「バスケガール」が杭州アジアパラ競技大会に出場へ
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【10月21日 CGTN Japanese】約20年前、1枚の女の子の写真が、多くの中国人を感動させました。清楚な顔立ちをしている少女は足がなく、バスケットボールを足代わりにして両手で体を支えて歩いていました。少女は「バスケガール」と親しまれており、障害を抱えながらも健気に育っていました。現在、写真の主人公である銭紅艶さんは大きくなり、中国選手団の一員として、間もなく開催される杭州アジアパラ競技大会に出場することになっています。
銭さんは1996年、中国南西部に位置する雲南省曲靖市陸良県の普通の農家に生まれました。4歳の時、銭さんは大型トラックにはねられて車の底に巻き込まれ、骨盤から足まで完全に切断されました。祖父は古いバスケットボールを真ん中から切り分け、中に綿を敷いて銭さんの下半身にかぶせ、つかまることができるように木製の持ち上げ型歩行器を作ってあげました。
銭さんは多くの人に励まされて元気に成長していきました。銭さんは、「多くのバスケットボールを交換した。おじいさんが見つけてくれたボールを皮切りに、10個以上使ったかもしれない。最初はおじいさんが集めに行き、人の家を訪ねてバスケットボールがないかと聞いて回っていたが、だんだんと見知らぬ優しい人たちにバスケットボールを送ってもらえるようになった」と話しました。銭さんによると、これらのバスケットボールは今も実家に保存しており、帰省する時にそれらを見ると感動するということです。
11歳の時、銭さんは雲南省障害者水泳チームに入りましたが、足が不自由なため、水の中で体のバランスを保つことができませんでした。銭さんは、「足を失うことは、まさに船に舵がないようなもので、水の中で方向感覚がなく、横揺れしやすく、速度に影響する」と話しました。この問題を改善するために、コーチは特別なトレーニングプランを立てました。銭さんはプロによる毎日4時間以上の水泳トレーニングのほか、ダンベルを使った筋トレや、腹筋と腕力を鍛えるためのストレッチもしました。トレーニングの合間にさらにあらゆる機会を利用して腕力やバランス感覚を鍛え、汗を流しました。銭さんはトレーニングでくたびれた時に水の中で泣いたこともあると明かし、「水の中で泣くのは、自分だけが知っていて、他の人には分からないから」と語りました。努力を重ねることによって、銭さんの水泳のレベルは日増しに向上していきました。
銭さんは2009年におこなわれた雲南省第9回パラリンピック大会で3個の金メダルを獲得しました。その後、障害者水泳の全国選手権大会、ブラジルのリオデジャネイロで開催されたパラリンピックにも出場し、素晴らしいパフォーマンスを披露しました。そして今、銭さんはまた中国選手団の一員として杭州アジアパラ競技大会に出場することになっています。(c)CGTN Japanese/AFPBB News