レバノン爆発から3年、国の支援も正義もなく苦しむ被害者
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■「人生は終わった」
アマンダ・チェリさん(40)は爆発によるけがと絶え間ない痛みのために、メーキャップ・アーティストの仕事を諦めなければならなかった。
チェリさんはかつての職場があった港が見渡せるビルで取材に応じ、「私の人生は終わった。たった5分で奪われてしまった」と話した。
爆発の瞬間、チェリさんは床から天井まである大きな鏡と二つの大きな花瓶の近くにいた。
鏡と花瓶は粉々に砕け、破片が顔と体に突き刺さった。片目を失明し、片手にまひが残った。
地元の身体障害者協会のシルバナ・ラキス(Sylvana Lakkis)代表は「障害を負った人には生涯にわたる支援を受ける権利がある」と述べた。
ラキス氏によると、当局は爆発で障害を負った人の数を把握していない。同協会は一時的なものと一生続くものを合わせると、最大1000人が障害を負ったと推定している。
過去1年で、爆発で障害者となった人のうち少なくとも4人が、治療費が払えなかったり、不適切な治療を受けたりしたために死亡したと、AFPに話した。「彼らを殺したのは爆発ではなく国だ」
■「希望はない」
ミハイル・ヨウナン(Mikhail Younan)さん(52)は爆発で膝を負傷し、人工関節を必要としているが、医者に診てもらう余裕はない。
ヨウナンさんはガスボンベを配達する仕事をしている。無事だった方の膝も今では痛みがあり、重いボンベを階段を使って運ぶことに苦労している。
10代の娘を持つヨウナンさんは、顧客を失い、収入は以前の数分の一になってしまった。「もし国が助けてくれていたら、もう少し普通の暮らしができたのに」と話す。
「痛みが常にある」「痛み止めと抗炎症薬を常用しているため、肝臓を傷めた」と嘆いた。
さまざまな宗派によって政治権力を分散する体制が取られているレバノンでは、爆発事件の捜査も政治的・司法的な問題から難航している。爆発をめぐり起訴された政府高官らが、逆に判事を訴えるという事態も起きた。
爆発についての責任の所在はいまだ明らかにされず、捜査に進展もない。
ヨウナンさんは、娘は学校を卒業したらすぐにでも外国に移住してほしいと話した。
「(この国に)希望はない」「正義の車輪が動き始めるたびに、誰かがそれを邪魔する」と訴えた。(c)AFP/Aya Iskandarani