【5月17日 AFP】ウクライナの医師、アラ・トルバチェワ(Alla Trubacheva)さんは40年以上前に東部で研修を受けて以来、この地で暮らしてきた。

 だが、ウクライナ侵攻が始まると、工業の町として知られるドネツク(Donetsk)州シベルスク(Siversk)の勤務先の病院はロシア軍の砲撃で破壊され、ここに住み続けるべきか自問自答するようになった。

 病院の外には、砲撃で殺された同僚の一人が埋葬されている。他の職員や患者はとっくに避難してしまった。

 自宅の隣の家や木々がミサイルでなぎ倒された時は、あきらめて町を離れようと思ったと話す。だが、まだここにいる。

「みんなが私のことを必要だというから」とはにかみながら言った。「残っているのはかかりつけ医の私だけ」と話す。今は自宅を診療所として使っている。

 侵攻以前、シベルスクの人口は1万人だった。現在残ったわずかな住民が、ロシア軍の攻撃で負傷したり、病気になったりしたときに頼れるのは、トルバチェワさんだけだ。

 数多くの患者が脱出し、職場は破壊され、負傷兵のための新たなトリアージネットワークが設置された。侵攻により、ウクライナの医療システムは再構築を余儀なくされた。

 それでも、ストーブの横に庭用のプラスチックの椅子が置かれているトルバチェワさんの小さな診療所には、昼夜を問わず患者がやってくる。もっとも忙しい日は月曜日だという。

 頭痛、のどの痛み、高血圧、ストレス、不眠症など、あらゆる症状の患者が訪れる。

■「私がいなければ死んでいた」

 昨年は約200人の患者を診察した。そのうちの一人、気管狭窄(きょうさく)を患っていた男性については、「あまり自画自賛したくないけど、もし私がいなかったら死んでいたと思う」と話した。

「平時でも薬は必要だけど、戦時中はさらに必要になる」

 庭の鳥のさえずりに、遠くで響く鈍い着弾音が混ざる。花が咲いた木の下にはミサイルの破片が突き刺さり、その上に花びらが舞い落ちていた。

 ウクライナ政府によると、ロシアによる攻撃で少なくとも医療従事者106人が死亡し、540か所以上の医療施設が損傷または破壊された。

 死者の1人は、トルバチェワさんの同僚で、もう一人のシベルスク最後の医者だった。昨夏、病院への攻撃で命を落とした。