【4月19日 東方新報】中国のトレンドの最先端を走る上海市。かつてフランス租界があった淮海中路(Huaihai Zhong Road)周辺には洋館とプラタナス並木が続き、おしゃれなベーカリーカフェがテーブルを広げている。天気のいい午後に散歩すると、エスプレッソに焼きたてのパンの香りが漂ってきて、忙しい日常を忘れられる。

 流行に敏感な上海の若者たちに人気のカフェメニューは「ギルトフリースイーツ」だ。カロリーや糖質が低く、グルテンや保存料フリーで食べることに「罪悪感」を感じないスイーツのことだ。コロナ禍を経て、中国でも健康意識は高まっており、食のトレンドの変化を加速させている。

 中国のパン食文化は、戦前の上海フランス租界から始まったといわれる。戦争と混乱が続いた1940~80年代に停滞したものの、1990年代からは香港や台湾、日本の影響を受けながら再び発展した。

 1993年に台湾人14人と中国企業によって上海で設立されたベーカリー・チェーン「克莉絲汀(Christine)」は中国で最も有名なベーカリーの一つだ。それまで中国ではボソボソの乾燥したパンしかなく、しっとりとした本格的な克莉絲汀のパンは人気に。自社グループ工場で製パン・製菓を行って、各地に輸送する近代的なスタイルで、上海を中心に中国各地に直営店を1000店規模まで拡大し、2012年には中国のベーカリー・チェーンとしては初めて香港証券取引所に上場している。

 しかし、トレンドの変化は容赦なく克莉絲汀を襲う。上海では海外ブランドのクロワッサンやケーキなどの新しい店が雨後の竹の子のように開店し、短期間で閉店する時代に突入していく。保存料を使った賞味期限の長い克莉絲汀のパンは急速に消費者の支持を失っていく。

 トレンドに乗り遅れ、コロナ禍で深刻な打撃を受けた克莉絲汀は多額の負債を抱えていることを公表し、多くの直営店を閉めた。中国のSNS上には「克莉絲汀を懐かしがる人は多いが、パンを買う人は少なくなった」という感想が投稿されていた。上海出身の呉(Wu)さん(62)は、「甘くて柔らかい克莉絲汀のパンは本当においしかった。子どもたちも大好きでした」と話す。

 中国には蒸しパン文化があり、あんを入れて甘くした饅頭(まんじゅう)もある。ただ、呉さんが子どものころの中国は海外との交流がほとんどない状態だったため、外国のパンは市場に出回っておらず、甘い饅頭も貴重だったという。1990年代に上海に登場した克莉絲汀は豊かさの象徴、そう、ごちそうだったのである。

 中国にパン食文化を築いた克莉絲汀だが、その経営難を伝える中国メディアの論調は「流行に乗り遅れた」「ガバナンスに課題があった」などと厳しい内容が目立つ。一方、同社は健康志向のブランドを再構築していく方針を公表している。2023年に創業30年を迎えた克莉絲汀。その懐かしい味だけでも何らかの形で残ってほしいと望む人は多い。(c)東方新報/AFPBB News