【3月2日 東方新報】中国・チベット自治区(Tibet Autonomous Region)の区都ラサ市(Lasha)を訪れる「ラサ巡礼」はチベット仏教徒にとって一生の悲願である。だが、チベットは途方もなく広い。チベット自治区だけでも中国国土の8分の1を占める。自治区の平均標高は4000メートル以上で空気も薄く、冬はマイナス10度以下になる寒さである。巡礼者たちは、全身を地面に投げ出して祈りを捧(ささ)げながら進む「五体投地」で尺取り虫のように進む。リヤカーに家財道具を積み、何年もかけて家族でラサを目指すのだ。

 巡礼の目的地はチベット仏教の総本山であるラサのジョカン寺(大昭寺)。チベット暦で元旦にあたる2月21日には大勢の巡礼者が深い祈りを捧げた。中国メディアで紹介されていた巡礼者たちは一様に満足した表情をみせていたが、想像していた様子とは少し違う。身なりが小ぎれいなのだ。

 10年以上前、チベット自治区に隣接する青海省で五体投地をしながらラサを目指す巡礼者の家族に出会った。「緊急連絡用」だというスマートフォンをソーラーパネルで充電しながら使っていたことには驚いたが、真っ黒に日焼けして、衣服は破れ、全身擦り傷だらけだった。ラサ到着の見込みを聞くと、「来年の今ごろには着けると思う」とうれしそうに答えていた。

 今年のチベット正月、80代の母親を連れて青海省(Qinghai)貴南県(Guinan)からラサを訪れたエキンタイさんは「ジョカン寺参拝は今年3回目。母は脚が不自由なので車椅子を押していますが、段差があると皆が助けてくれます」と感謝する。ちなみに青海省貴南県からラサまでは約1800キロ。東京から上海ぐらい離れている。

 約1700キロ離れた四川省(Sichuan)康定市(Kangding)から夫婦でジョカン寺を訪れたドゥンズーさん(59)は、「夫婦で1月に相談して、2月上旬に四川-チベット高速道路の高速バスでチベットに入り、ラサを巡礼し、チベットの新年を過ごすことにしました」と説明する。ジョカン寺だけでなくポタラ宮(Potala Palace)など有名な史跡を巡る予定だ。ドゥンズーさんは「わが家は半農半牧(農業と牧畜の兼業)なので、春になったら大麦をまきに四川省に戻らなければいけません」と語る。

 かつて「世界で最も孤立した場所」と呼ばれたラサも隣接する四川省や青海省、雲南省と高速道路で結ばれ、高速バスに乗れば、1泊2日か長くても2泊3日で到着できるのだ。ラサには飛行機も鉄道も乗り入れているが、高速バスは運賃が安く本数も多くて便利である。

 今でも信心深い信徒は五体投地の苦行でラサを目指すという。だが、もうラサには巡礼できないと思っていた高齢者でも、高速バスに乗れば、夢がかなう時代になったのである。こうした巡礼スタイルが増えていくのは自然だろう。

 ジョカン寺には、7世紀にチベットの統一王朝、吐蕃を築いたソンツェン・ガンポ(Songtsen Gampo)王の王妃、文成公主(Princess Wencheng)の像もまつられている。チベットと唐王朝の友好のために遠く長安(現在の西安)からラサに嫁いだ文成公主。きっと高速バスに乗ってくる現代の巡礼者たちをうらやましく見守っているに違いない。(c)東方新報/AFPBB News