【2月16日 東方新報】中国東部の浙江省(Zhejiang)杭州市(Hangzhou)市に住む女性、呉(Wu)さんはある日、マンションの階段を下りて宅配便の配達員から荷物を受け取った。するとなぜか、その様子をとらえた動画や写真が「女と配達員の男との不倫現場」などと説明され、ネット上に拡散していた。微博(ウェイボー、Weibo)や微信(ウィーチャット、WeChat)、抖音(Douyin)など中国の複数のSNSで瞬く間に広がり、呉さんをおとしめる書き込みがあふれた。

 これは2021年7月に起きた出来事だが、中国で激化する「サイバー暴力」の現状を示す例と言える。映像は近くのコンビニ店主が隠し撮りしたもので、説明は真っ赤なウソだった。

 中国でサイバー暴力が激化した背景には国内ネットユーザー数の拡大がある。2010年に4億6000万人弱だったネットユーザーは、2020年6月には10億5000万人以上に達した。10年余りで倍以上に伸びた利用者数の変化に加え、かつてはブロードバンドなどで接続していたインターネットも、今では携帯電話でどこでも利用できる存在になった。

 さらにSNSのプラットホームが多数登場した点も指摘できる。文字での発信のみならず動画配信や生中継までできるようになったことは、ユーザーの利便性を大幅に上げたと同時にサイバー暴力の手段と裾野を広げてしまった。

 中国伝媒大学(Communication University of China)の王四新(Wang Sixin) 教授の研究チームは「情報が複数のプラットホームに横断的に拡散してしまうことが、サイバー暴力を激化させる大きな原因」と指摘する。

 確かに、限られたSNSやグループの中だけ共有される情報なら制御は可能だが、情報が複数のプラットホームにまたいで広がってしまったら、予測不可能な結果さえもたらす。プラットホームの数が増えた点に加え、それぞれのプラットホームが、技術的にサイバー暴力をあおっている側面もある。各プラットホームは、ユーザーの好みを分析し、その人が好む情報が優先的に目に触れるような仕組みを作る。ユーザーは、自分の好みや意見に近い情報ばかりを吸収するようになり、その結果、他者に対する偏見と対立を激化させる。「フィルターバブル」と呼ばれる現象で、情報のタコツボ化だ。

 情報のタコツボ化に拍車をかけているのがこの数年で大きく発達したビッグデータの利用だ。かつては「送り手が送りたい」情報が発信されていたが、今では「受け手が受けたい」情報がより正確に発信されるようになっている。

 中国ではさまざまなサービスの利用に際し実名登録が義務付けられることが多いが、ビッグデータに集められた個人情報が漏えいし、サイバー暴力の手段になってしまう危険性も指摘されている。

 ただ、サイバー暴力の本質は一貫として変わらない。2010年にサイバー暴力にさらされた文化人として知られる女性は、サイバー空間での攻撃について「男性は政治、金銭、スキャンダルから始まることが多いが、女性は行動規範が男性より多いので、悪意ある評価を受けるとさらに多くの方面から攻撃を受ける」との考えを示している。東北師範大学(Northeast Normal University)の劉績宏(Liu Jihong)准教授の研究では「ネット民は、ネット上のうわさに対し高い道徳水準を求め、サイバー暴力を実施する傾向にあり、『道徳裁判』を行っている」と指摘している。

 激しさを増すサイバー暴力に対し、中国で遅々としてではあるが法律が改善されつつある。サイバー暴力の加害者が罪に問われたケースもあり、「配達員との不倫」というウソの攻撃を受けた呉さんも法的手段に訴えた。呉さんの代理人でサイバー暴力に詳しい鄭晶晶(Zheng Jingjing)弁護士は「サイバー暴力では民事上の名誉毀損(きそん)を問うケースが多く、発言の過激さなどが問題視されるので、仲間内しか分からない用語で相手を攻撃するなど手段が巧妙化している」と説明。ただ、呉さんの事件については、誹謗(ひぼう)罪にあたる刑事事件として追及しているという。(c)東方新報/AFPBB News