【2月3日 AFP】英国東部サウスエンドオンシー(Southend-on-Sea)の海辺のホテルで毎年1月、世界的に有名なホラー映画祭「ホラー・オン・シー(Horror-on-Sea)」が開催される。レッドカーペットも派手な授賞式も映画館もない。しかし、今年10年を迎えた同映画祭は、大半が自主制作によるB級ホラー映画のプロモーションというニッチ市場を切り開いてきた。

 2013年に映画祭を立ち上げたディレクターのポール・コットグローブ(Paul Cotgrove)氏はAFPに対し、「当初から、大規模なホラー映画祭をまねても意味がないと判断した」と話す。

「洗練されておらず、粗削りなため大きな映画祭には出品されないようなインディーズ系の新作ホラー映画を扱うことにした」

 今年は1月22日までの6日間、数百本の応募作品から選ばれた長編36本と短編44本が上映された。

 会場のホテルでは、映画のTシャツや衣装を着た大勢の参加者がぶらついていた。

 上映作品6本に出演している俳優のダニ・トンプソン(Dani Thompson)さんは、「観客が誠実で、脚本が良ければ低予算映画でも認めてくれる」と話した。

 風力タービンの会社で働いているデビー・ブレイクさんは、これまでに4回参加した常連だ。会場の椅子は座り心地が悪く、簡単な映写装置しかないが、長編映画を1日6本、6日間見続ける。「他にはない新作が見られるから」だと話す。

 上映後には質疑応答の時間が設けられているわけではない。だが、北海(North Sea)が一望できるバーに行けば、誰でも監督や脚本家、俳優らと雑談でき、アイデアを話し合うことができる。時にはここから、新たな企画が生まれることもある。

 Mjディクソン(Mj Dixon)監督の「Slasher House」シリーズも、こうした場で誕生した。

 ディクソン監督は、「2013年の1回目の映画祭で私たちの長編デビュー作が上映された。メジャーではなかったため、他のところでは興味を示してもらえない作品だ。この映画祭での上映がきっかけで私のキャリアが始まった」と話す。

 ディクソン監督はその後、長編作品を10本以上撮り、他の映画祭で賞を受賞した。

 会期中は毎晩のように「ワールドプレミア(世界初公開)」が行われる。中には、数日前に完成したばかりの作品もある。

 予算の少ないホラー業界は、メジャー映画よりも危機への対応が早い。

「昨年、応募された作品の多くは新型コロナウイルス関連だった」とコットグローブ氏は言う。

「低予算の映画制作者は、資金が少ないがゆえに創造的だ。(新型コロナの感染拡大期に)皆が突然、こう思った。『通りに人がいない。今なら、人けのない町の映画を作れる。しかも無料で』と」

 ジョージ・A・ロメロ(George A. Romero)監督の1968年のホラー映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(Night of the Living Dead)』は、「社会の変化や人種差別などの寓話(ぐうわ)」だとディクソン監督は指摘。ホラー映画には、現代社会が反映されていることが多いと話した。

 一方で、「私たちが今いる世界ではホラーへの現実逃避も多い。先の見えない不安が社会にある」と語った。

 ブレイクさんにとって、紛争や物価高騰が暗い影を落としている現実の世界でホラー映画が与えてくれるメッセージはシンプルだ。「何もかも忘れて、ひたすら映画を見よう」と話した。(c)AFP/Anna CUENCA